取材・文/坂口鈴香

前編では『男が介護する』(津止正敏著・中公新書)と、「親の終の棲家をどう選ぶ? 妻と別居して東京から高知へ――妻の母親の介護」(https://serai.jp/living/1033653)で紹介した、妻の母親を介護する上岡晋さん(仮名・62)の行動や考え方から、男性介護を成功させるためのポイントを考えてきた。

【前編】はこちら

男性介護成功のポイント2「居場所をつくる

前編で紹介した「家事の困難」のほかにも男性介護者のネックとなっているものがある。それが、地域とのつながりが薄いことだ。

職住分離が進んだサラリーマン層は地域での縁や居場所の形成からは疎外されていた。地域での孤立は介護によってさらに拍車がかかり、虐待や心中、殺人など不幸な介護事件の温床としても深刻な影響が指摘されている。(同書)

介護はもちろんだが、慣れない家事にも戸惑い、仕事との両立は難航し、収入は減り出費はかさむという家計に苦しみ、離職となれば唯一といえる会社コミュニティとの接点も断たれて、24時間365日介護漬けの孤立した生活にもがく、という事態が立ちはだかっているということだ。(同書)

コミュニティから孤立し、追い詰められていく男性介護者の苦悩が垣間見える。

同様の危機は上岡さんにもなかったわけではない。義母の介護がはじまって、上岡さんは仕事を完全に辞め、高校時代以来離れていた土地に戻った。人間関係は「ゼロからのスタートだった」と上岡さんも振り返っている。ただ、上岡さんはゼロから新たにコミュニティを築いていった。バドミントンサークルに入り、飲み友達をつくり、今や交際範囲は東京にいたときと遜色ないくらい充実し、高知ライフを楽しんでいる。このバイタリティは見習いたい。

仕事一辺倒で、なかなか地域のコミュニティに入りづらいという男性も少なくないが、津止氏は職場に「ケア・コミュニティ」をつくることを提案する。

職場に介護する社員の会や集い、懇談会などケアのコミュニティを育てることです。こうしたコミュニティはこれまで地域単位での組織化が行われ、地域での「介護の社会化」運動を牽引してきたことを教訓とすれば、職場単位でのコミュニティを育てていくことは「仕事と介護の両立」モデルの動力を育てることになる。(中略)職場単位での同じ立場の介護する者同士の語りと傾聴の交流は重要である。「ひとりじゃない」という実感こそ、今日を生き明日につながる魅力であり、さらには仕事と介護の両立に真に必要な支援策を創り出していく知恵の宝庫にもなるはずである。(同書)

男性介護者が会社に働きかけたり、あるいは自ら社内で介護者のコミュニティをつくったりしてもいい。リタイア後なら、同じような状況の元同僚と定期的に集まるというのもいいだろう。それから、地域に介護者の集まりがないか調べてみることもおすすめする。男性介護者が話をする場を設けている認知症カフェなどもあるので、地域包括支援センターなどで情報を収集してみるといいだろう。コロナ禍では、認知症カフェなども開かれていないことが多いが、まずは知識として知っておくだけでも違うはずだ。

男性介護成功のポイント3「男らしさを捨てる」

男性介護者のネックの最後に挙げたいのが、いわゆる「男らしさ」とか「男の沽券」のようなものの存在だ。

「なんで男の自分が義母を介護しないといけないのか」などとは思ったことがないという上岡さんには、肩の力を抜いたジェンダーフリーが自然と備わっているのを感じた。さらに、「高知には私と話の合う“おもしろい男”がいない」という発言からは、上岡さんのような柔軟な考え方の男性が少ないことがうかがえる。

津止氏はこう言う。

恥ずかしがらずに、我慢しないで、大声上げて泣いても、助けを求めてもいいんだよ。でも、だからと言って、決して無理はしないでほしい。SOSを出せないことを罪深く思わないでほしい。あなたが「思わず」話したくなる衝動が生まれるまでじっくり待っている仲間が大勢いることも知ってほしい。「気がつけば助けられていた」でいい。そして、あなたのことを気遣っている友人や知人、同僚、支援者をもっと頼りにしてほしい。(同書)

そして、こう結んでいる。

これが、今大介護の時代を生きる課題を背負った私たちの「男の修行」ではないか。(同書)

これまでお話を聞いてきた女性にも、長く確執のあった親を介護しながら「これは私の修行」とか、「昔反抗した報い」と言う人がいて、どうしてそこまで自分を追い込まねばならないのだろうと暗たんとした思いを抱いたものだが、男性にとっては介護によって生じるつらい気持ちを吐き出すことや、誰かに頼ることさえも「修行」だとは……。いやはや、男らしさの呪縛はかくまで強いものなのかと驚く。あらためて、「修行しないと男らしさやら男の沽券とやらは捨てられないものなのでしょうか」と上岡さんに聞きたくなった。

上岡さんは「何が何でも在宅介護」と肩ひじを張るのではなく、時期を見て施設という選択肢も視野に入れている。このしなやかな思考こそ、男女ともに見習うべきなのではないだろうか。

多様性が叫ばれる今、「男の介護」、「女の介護」と分けて論ずるのも時代錯誤なのではないかとも自問しつつ、つらい思いを抱えている人がいる以上は避けて通れない問題だろうと思い、あえて「男の介護」について考えてみた。男性介護者の皆さん、「修行」をするより、まずは上岡さんのようにデイサービスなどプロによる介護サービスをフル活用して、うまく手や気を抜きながら介護生活を送ってください。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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