取材・文/坂口鈴香

上岡晋さん(仮名・62)は高知に住む妻の母喜佐子さん(仮名・88)が倒れ、仕事のある妻に代わり、自分が仕事を辞めて義母の介護をすることを決めた。喜佐子さんはレビー小体型認知症と診断され、さらに脳腫瘍の摘出手術、腸閉そくの手術、リハビリ、と入退院を繰り返した。上岡さんは1年間ほど高知と東京を行き来しながら、超遠距離介護を続けていた。

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準備期間を経て義母と完全同居へ

行き来をしているうちに、高知に知り合いも増えていった。上岡さんも高校までは高知にいたのだが、人間関係はほぼゼロからのスタートだった。それでも、誘われてバドミントンクラブに入ったり、飲み友達が増えたりするにつれて、「東京に向いていた気持ちが、次第に高知に向いていった」という。

この、いわば“準備期間”が、上岡さんに高知での介護生活への覚悟を固めさせることになった。2018年には、上岡さんは喜佐子さんの家に移り住み、完全同居して在宅介護をスタートさせたのだ。

喜佐子さんは、倒れた当初よりずいぶん回復していた。要介護2ではあったが、足腰も丈夫で、トイレや風呂も一人で入れる。身のまわりのことは上岡さんが多少世話をすれば、生活できるという状態だった。そのせいか、上岡さんと同居し始めたころ、喜佐子さんは自分が上岡さんの面倒をみていると思っていたようだった。

「自分のことを40か50歳くらいと思っているフシがあって、妻が30代、私のことは40くらいと思っていたようです。私のことを『若いのに、仕事もしない。しょうがない人ね』と言っていました。妻には『あの人(上岡さんのこと)の面倒をみないといけない』と言い、デイサービスも仕事に行っていると思っていたようです」

それにしても、だ。いくら昔から妻と対等だったとはいえ、妻の母親と同居して介護することに迷いや不安はなかったのだろうか。

「総合的に考えると、自分が同居して介護するのが最善。それに結婚してこれほど経つと、妻の小言って結構鬱陶しいんです(笑)。あまり酒を飲みすぎるなとかね。別居していれば、その小言を聞かなくて済む。離れて住んで、たまに会うくらいの距離感って良いもんですよ。若いころは転勤で妻と離れ離れになるくらいなら、会社を辞めると言っていたほどだったんですがね……。これはまあ結果論ですが」

異性介護の踏み込めない領域

ただ、男性である上岡さんが、女性である喜佐子さんを介護するということで、踏み込めない領域があったのもまた事実だ。

「身のまわりのことは自分でできていましたが、入浴や着替えを私は手伝えません。ばったりその場面に出くわすことはありましたが。でも義母の私への警戒心は薄れてきているようで、義母が入浴中にシャンプーがないときなど、私が呼ばれることはあります。そういうときは、天井などを見ながら浴室に入ることはありますが、今はデイサービスに週6回行っているので、そこで入浴して下着をかえてもらうなど、注意してもらうようにしています」

上岡さんへの“警戒心が薄れた”喜佐子さんは、上岡さんに靴下をはかせてもらったり、耳掃除や肩もみをしてもらったりしている。上岡さんが喜佐子さんの体に触れることもあるが、「家族のような気持ちになっている」と、お互い違和感はないようだ。

このように、喜佐子さんが困ったときだけ手を差し伸べるという上岡さん流介護は、喜佐子さんに合っていたようだ。

「義母の同級生に会うと『それが正解』と言われます。私が主導権を握っていたらうまくいかなかっただろうと」

次回に続きます。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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