取材・文/坂口鈴香

杉浦朋美さん(仮名・44)は就職氷河期世代で、これまで一度も正社員として採用された経験がない。契約社員や派遣社員として働きながら、ずっと実家で両親と暮らしてきたが、12年前60代の母親に末期がんが見つかり、杉浦さんは仕事を辞めて母親を看取った。最期に自宅に戻った母親は介護認定が間に合わず、杉浦さんは介護サービスも使わずに一人で介護することになった。母に告知をしていなかったこともあり、通帳が見つからないなど死後の事務手続きに忙殺されながら、杉浦さんは「人は亡くなっても終わりじゃないんだな」と痛感したという。

「亡くなっても終わりじゃない」――杉浦さんの言葉どおり、杉浦さんの本当の介護はここからはじまった。

【1】はこちら

気づかなかった父親の変化

母親が亡くなって半年ほど経った冬の夜。父親が倒れた。

「階下でバターン!とすごい音がしたので行ってみると、父が柱に頭をぶつけて、すごい量の血が出ていました。母が亡くなってお酒の量も増えていたんです。トイレに行こうとして、ふらついて転んだようでした」

「大丈夫だから救急車は呼ばなくていい」と父親は抵抗していたが、兄に相談して救急車を呼んだ。

「救急車で搬送中に血圧を測ったら、多量の出血があったにもかかわらず、上が200を超えていたんです。父には高血圧と糖尿があり、通院していたのは知っていたんですが、いつの間にか通院をやめて、薬も飲んでいなかったことがわかりました」

そのころ父親は70代後半。母親の死後、仕事を辞めて家にいるようになっていた。

「母が亡くなったことに加えて、50年以上働いてきた人が仕事を辞めたので、気落ちするとは思っていたんですが……」

父親は母親とそう仲が良かったわけではなかったが、それでも兄の子どもに会いにいったり、母親が行きたいという寺社に連れていったりと、一緒に出掛けることもあった。ところが、父親と杉浦さんではそういうこともない。一緒に買い出しに行くこともなかった。

そういえば、母親が亡くなるまで父親は毎月床屋に行き、週末には洗車もしていた。いつの間にかそれもしなくなり、お風呂にも入らなくなっていた……思い当たることがたくさん出てきた。

「父は引きこもりに近い状態になっていたんです」

認知症だったことが判明

心配する杉浦さんに、父親はかたくなだった。

運ばれた病院で頭部検査をしても異常はなく、入院もせずに帰宅できたのは幸運だった。にもかかわらず、杉浦さんが父親に病院に行って血圧や糖尿の薬をもらってきてほしいといくら言っても、「大丈夫」と言うだけで動こうとしない。

「仕方なく私がかかりつけ医に薬をもらいに行きました。看護師さんに事情を話すと『認知症がはじまっているかもしれない』と言われたんです。なんとなく、私もそんな感じはしていたので、『やはり』と思いました」

母親の一周忌が済んで落ち着いたころ、杉浦さんは父親に介護認定を受けてもらった。

「市で高齢者の調査をするからと言って、受けさせました。すると、高齢者にはよくあることのようですが、ご多分に漏れず父も調査員の前で張り切ってしまい要介護1という結果でした」

父親はデイサービスを利用することになった。頑固そうな父親だが、杉浦さんいわく「父はお調子者」。若いスタッフに「すごいですね~!」と褒められると、無邪気に喜び、デイサービスを嫌がることはなかったという。

杉浦さんは再びパートをはじめた。

「何もしていなくても、携帯代や年金など通帳からお金が引かれていくんですよね。年間で何十万円にもなる。せめてその分だけでも賄おうと思って、パートを再開したんです」

4時間のパートでも杉浦さんの一日は多忙だった。

服薬管理できない父親に薬を飲ませ、糖尿病のある父親のために栄養バランスを考えた食事をつくり、レンジで温めるだけで食べられるようにしておく。デイサービスのある日は、父親を送り出してから仕事に行く。

「でも父は『どこも悪くないから薬は飲まない』と言うんです。そのうえ私がつくった食事は食べたがらなくて、お酒を飲んだり、甘いものを食べたり。お酒を飲みすぎては、トイレを汚す。お風呂にも入らない……。毎日、父と言い争いばかりしていました」

デイサービスに行くようになって、入浴して着替えさせてもらい、リハビリパンツを使うようになったのはありがたかった。週3回まで、父親のデイサービスを増やした。

だが、杉浦さんの気持ちは次第に追いつめられていった。

【3】に続きます

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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