緊急事態宣言が明けなければ、どうにもこうにもならない
20年4月の1回目の緊急事態宣言は、仕方がないと諦められたし、企業側も余裕があった。
「私も夫も、非正規とはいえ、そこそこ大手だったから、宣言下でも満額の給料をもらえました。でもその後、社員食堂が閉鎖になり、私はクビ。夫は6月末で雇い止め。製造業も厳しいみたいです。2回目の緊急事態宣言は、私達みたいな時給で働く人を直撃したと思う。“ステイホーム”できる人は限られていますから。私達夫婦は、働けない娘を抱えているので、このままだと干上がってしまう」
娘が実家に戻ってきたのは、奈津江さんの呼びかけによるところが大きかった。
「自殺されたら困るから。私にとっては、何歳になっても心の底から愛している娘なんです。今でこそ、穏やかだけれど、夫は昔私に対して手を上げることがあって、夫から叩かれて泣いていると、“ママ、大丈夫?”って赤くなっている私の頬や背中をなでてくれた。いつも私の味方でいてくれたから、今度は私が娘の味方をしたい」
奈津江さんが夫から手を上げられていた年齢よりも、娘の現在の年齢は上だ。娘は子供を授かるどころか、結婚の気配もない。
「父親のDV、兄の無関心を見てきたし、非正規雇用で散々苦労してきたから、男性に対して失望しているんだと思います。恋愛よりも本に興味がある子だったので。私は結婚を機に、造船系の会社の事務職を寿退社しているのですが、今でもあの会社にいて、働いていたら、別の人生だったんじゃないのかな……と思います」
娘の姿を見ると、少子高齢化も仕方ないと思うと続ける。
「これだけ、非正規雇用が不当に扱われている現実を知ると、子供を作るどころか、結婚する気がなくなるんじゃないかな。娘の同級生を見ていても、結婚している人は本当に少ない。子供がいる人はさらに少なく、ちょっとヤンチャだった子だけが、親になっている。非正規が増えれば増えるほど、子供は生まれなくなると思いますよ。コロナになって、それまで“人手不足”と言われていた問題がなくなり、娘がプレッシャーを感じなくなって、よかったとは思いますが」
奈津江さんは、死ぬまで娘を支え続けたいけれど、先立つもの……つまりお金はどんどん減っていく。貯金が尽きる恐怖を感じながら、今日も就職活動をするのだという。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。