同居するしか方法がなかった
関西に呼ぶのはまだわかる。同居しなくてもよかったのではないか。他の方法は考えなかったのか。
「叔父が倒れたとき、地元で施設を予約しようとはしました。でも、義父が病気になったりすると身内の許可や手続きが必要になるでしょう。その都度私たちが南九州まで行くのは大変です。それで関西で施設を探したところ、費用が南九州の倍はかかるんです。義父の年金は少ないので、私たちが月に15万円も負担しないといけなくなる。それでは私たちの老後資金がなくなってしまいます。ということで同居という方法しかなくなったんです」
そのうえ、迫田さんは義父の介護のために管理職までしていた仕事も辞めた。
「義父の様子も性格もわかりません。認知症だから、誰か見ないとあかんやん! 誰よ? 私やんな! そんな感じで、すぐ決めました。勤務場所も広域だったので、物理的に不可能だったし、仕事しながら介護すると自分が壊れると思いました」
あなたたちには通帳を渡さない
義父と同居することも、仕事を辞めて自分が介護することも、迷うことなく決めた迫田さんだったが、ひとつだけ引っかかっていることがある。
義父が地元で通っていたデイサービスのスタッフに言われた言葉だ。
「いまだに義父の財産の管理はできていないんですが、主人が義父の認知症が判明した後、一人で帰省したときに何冊か通帳を見つけたんです。その額が数千万円! びっくりしました」
義父を関西に連れて来るまでは、義父のお金は叔父夫婦が管理してくれていた。叔父が入院し、迫田さん夫婦が義父を関西に連れて帰るために帰省した際、叔父の妻に「あなたたちには通帳を渡さない」と言われたという。
「なんでそんなことを言われないといけないのか不思議でした。叔父が倒れてから、デイサービスの支払いは叔母が行ってくれていたんですが、私たちがその施設に挨拶に行ったとき、スタッフから『お金の管理は家族がされた方がいいですよ』と言われたんです」
義父のお金について、スタッフが何か感じていたのではないか……? 迫田さんはいぶかる。
「そのときは、義父のお金で施設を利用しようと思っていたので、通帳を返してもらおうと叔父の入院先に向かいました。すると、叔父の奥さんが鬱陶しそうな顔をして、通帳は何冊か渡してくれたんですが、カードは渡してくれませんでした。『また何かあるかもしれないから』と言われて」
もめるのはイヤだった迫田さん夫婦は、「わかりました」と引き下がった。ところが、渡された通帳の残高は数百万に減っていたのだ。
「主人が見た数千万はどこに行ったんやろう? 義父がいつも叔父に『お金を盗られた』と言っていましたが、認知症ではなくて本当のことやったんじゃないか……そんな気にもなりましたが、本当のところはいまだにわかりません」
数千万円は、もちろん出てきていない。
【次回に続きます】
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。