不満を持ちつつも慣れていく、親族間ルール
従姉との関係が希薄なっていった理由として、彼女が大人たちと同じようになっていったことを挙げます。
「親族が集まる場では、田舎あるあるなのかもしれないけど男の人が座ったままで女の人がビールを注ぎに行ったり、料理の準備をしたりと動き回っていました。子どもたちも年頃がきたら男女に別れてその場に馴染んでいく。たとえ私より年下だったとしても男性であれば動くのは私なんです。この空間は私から見たらとても異常でした。でも、誰もその異常さを指摘しない。みんなの前では言ってはいけないことだということは、小さい頃から認識しているんですよね。その異常な空間に3つ上の従姉は順応していました。何かがあったわけじゃないけど、本音を言い合えるような関係からお互いが外れてしまったんだと思います」
子どもができないことに対しての注意は母親に。そのことを母親は「恥ずかしい」と成美さんに言ったそう。
「高校生ぐらいだったときに親戚のおじさんのグラスがずっと空いているのを知っていたけど、無視し続けたことがあったんです。だって彼らはビール、私たちはお茶かジュースと分けられているのに、大人だけで完結してほしかったから。そのときは何も注意されないままに終わったように見えていたんですが、陰で母親が私のことに対して注意を受けていて。後日別の何かで母親と言い合いになったときに、『あのときはお母さん本当に恥ずかしかった』と言われました」
親族の中で1人だけ東京の大学に行った例外を除くと、ほぼ全員が家から通える距離の学校を選んでいきます。その例外に入れるように、高校時代の成美さんは勉強を頑張り続け、見事有名大学に合格します。
「煩わしい県内という縛りは、学歴というわかりやすい物差しでしかなくならないとわかっていたので、高校ではずっと勉強を頑張り、有名大学にストレートで合格しました。無事に家を出ることができたんですが、その親族での例外の叔母は今は地元に戻って再就職していたので、地元を出るためには親族の誰もが知るような有名企業に入らなければいけないと思いました」
時代錯誤と思いつつも、親族内で受け継がれていく地元優位制。帰らないのも悪なら、子どもを作らないことも悪。すべてが否定されていく。【~その2~に続きます。】
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。