父親のお見舞いに行くべきなのか。自分の意思がわからなかった

祖母が亡くなってから明子さんは必死に勉強を頑張ったと言います。それは少しでも父親から怒られることを避けたい一心だったとか。

「もう家で守ってくれる人はいないから、怒られないようにしなくていけないという思いで頭がいっぱいでした。いい子であれば怒られない、できない自分が悪いなら、それを変えればいいという風に。そう思っていたと今でこそ振り返ることができるけど、当時はただ怒られることが怖かったんですよ。祖母がいなくなってから、私は父親の気に食わない行動をすると、家から追い出されていました。家には小さい庭があって、玄関との間には細い通路があるんですが、そこは物が置かれていて通れなかった。だから外だけど家に閉じ込められるようなもので。いつも数字を数えてその時間が過ぎることだけを祈っていました」

勉強を頑張ったこともあり、県内で有数の高校に進学します。しかし無理して入った学校では落ちこぼれてしまい、大学受験は失敗。親の希望がいつしか自分の行きたい大学だと錯覚していたと振り返ります。

「県内に父親が行っていた大学があって、父親はそこに行けと何度も行っていたのに、私は受験に失敗してしまって浪人することになったんです。落ちたことがわかってから、父親は私に一気に関心がなくなりました。あんなに怒られることが怖くて嫌だったのに、何も言われなくなると見放されるんじゃないかという恐怖がすごくて。行きたくもない大学に『行かせてください』と土下座したことを覚えています」

1年後に無事大学に進学し、大学も真面目に通い続けていた中、父親が病気で入院することに。そこで1つの迷いが生じたそう。

「お見舞いに行くべきか、放っておくべきかの判断が自分でつかないんです。小学生のときに学校を優先させられて祖母の病院に行けなかったことがあるから、父親の病院にもお見舞いに行くことで機嫌を損ねるじゃないかという思いがあって。普通なら親の入院に子どもが行くなんて普通のことですよね。でも私の中では父の容態よりも、家のルールでそれが正しいかどうかのほうが大切でした。その頃には自分の意見なんて一切なかったんですよ」

就職後も実家を離れなかった明子さん。支配は父親が亡くなっても終わらない。【~その2~に続きます。】

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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