取材・文/坂口鈴香
今回考えてみたいのは、高齢の親を持つ「息子」問題だ。
というのも、前回「親の終の棲家をどう選ぶ? 義父母の呼び寄せ。一番近くにいるのだから仕方ない」で紹介した、義父母を呼び寄せて介護する井波千明さん(仮名・55)の言葉が引っかかったのだ。
父親が認知症と診断されたうえ、母親も硬膜下血腫のため心身の状態が急激に悪化し、井波さんは義父母の二人暮らしはもう無理だろうと考えた。ところが、井波さんの夫は「地域の介護サービスでなんとかならないのか」と言い、井波さん宅近くに呼び寄せることをためらっていた。夫は、母親の手術が決まって、ようやく両親の二人暮らしが難しいことを納得したという。「両親を実家で過ごさせてやりたかったようだった」と井波さんは夫の気持ちを推し量ったが、果たして理由はそれだけだろうか。
また、「親の終の棲家をどう選ぶ? 認知症になった母――遠距離介護がはじまった」では、母親が何度も同じ話を繰り返すことに違和感を持った上野明美さん(仮名・59)が、父親に母親を病院に連れていくように言っても「年のせいだ」と取り合ってくれなかったばかりか、兄も父親と同意見で、どうしても認知症だと認めようとしなかった。それからかなり経ってから、東京に戻ろうとした兄に、母親が「学校、がんばりなさいね」と言ったことで、やっと「これはおかしい」と同意してくれたという。
「特に息子さんの場合、親の心身の衰えや認知症の兆候を見逃がし、介護認定を受けたり、病院に連れていったりするという対処が遅れてしまうことが多い」と指摘するのは、首都圏でサ高住やグループホームなどを運営する事業所の幹部、並木政彦さん(仮名)だ。
だとしたら、息子はどうすればよいのだろうか。これまで多くの親子を見てきた並木さんにお話を伺った。
なぜ息子は親の変化に気づかない?
同居の有無にかかわらず、娘さんやお嫁さんは高齢の親のささいな変化をすぐに察知できるのに、なぜ息子さんは気づかないのでしょうか?
ひとつには、女性は細かいところに気がつく、という特性があるのは否めません。日頃から親とよくコミュニケーションを取っているので、性格も把握できています。一方、息子さんは親の変化に気がついていない。あるいは、うすうす気がついているのに親の老いを認めたくないこともあって、気がついていないフリをしているのかもしれません。
親が高齢になるころ、息子さんは40代から50代。働き盛りの年代です。仕事が忙しいこともあり、面倒なことはしたくない、先延ばしにしたい。それであえて目をそらしたり、「まだ大丈夫だろう」と楽観視したりしているのではないでしょうか。
親の方にも原因があります。
親は、子ども、特に忙しい息子には迷惑をかけたくないという気持ちが強い。それで、実際には不安を感じていても「私は大丈夫よ」と言うんです。そして、息子がたまに帰ってくると、そのときだけがんばってしまいます。
それでいっそう親の変化に気づくのが遅れてしまうのです。
気づくのが遅れるほど大変になる
その結果、脳卒中で倒れたり、認知症になったりするなどの重大な異変が起こってはじめて、子どもは行動に移さざるを得なくなる。入院している病院から「今月で退院してください」などと言われ、急いで施設を探さなければいけない、などという事態に直面するのです。
それまで小さな異変を見ないフリしたり、楽観視したりしていたことで、本来もっと早いうちに手を打てていたはずが、ここまで追いつめられてから慌てて動かないといけなくなるのでより大変になるんです。
もし親に小さな変化が表れはじめていたころから、今後のことを考えて、なんらかのアクションを起こしていたなら、もっと時間的余裕もあり、選択の幅も広かったでしょう。施設を探すにしても、より親に合う施設を比較検討することもできたはずです。当然、仕事を急に休んだり、実家を何度も往復したりしなければならないといった子どもの負担も、早い時期ならもっと少なくて済んだでしょう。
(後編に続きます)
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。