『定年後のお金-貯めるだけの人、上手に使って楽しめる人』(楠木 新 著、中公新書)の著者は、生命保険会社で人事・労務関係を中心として経営企画、支社長等を経験してきた人物。

定年退職後は「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組んでいるが、そんな中でずっと気になることがあったと記している。一定額の退職金や年金を受け取っているにもかかわらず、自分の楽しみのためにお金を使っているとは思えない人が多かったというのだ。

もちろん老後の生活費用や介護費用は必要だし、子や孫に財産を残したいという気持ちも理解はできる。だが、「苦労して働いて貯めたお金を有効に使わないまま死んでいくリスク」もあるのではないかと感じたのだそうだ。

人生100年と言われる長寿化の時代には、老後に備えてお金を貯めることは、もちろん大切ではあるが、同時に、せっかく多くの時間を得たのだから自分のやりたいことのためにお金を使いながら人生を楽しむことを忘れてはならないだろう。(本書「プロローグ お金と幸せを一緒にするな」より引用)

このような考え方をベースとしていることからもわかるように、中高年の会社員のリアルなお金の課題を中心に議論を展開している本書は、よくある“裏技”のようなテクニックを披露するために書かれたものではない。

もちろん、家計の管理や資産の運用、定年後のお金についての取り扱いなどを検討してもいて、そこに相応のページ数が割かれてもいる。が、それらを踏まえた上で、最終的に目的としているのは「お金と働き方」「生き方の問題」について考えることだ。

特に印象的なのは、人間関係に焦点を当てた第6章「お金を有効に使うーー人間関係に投じる」。ただ「貯める」「増やす」に言及するだけではお金全体を論じたことにならず、実生活でもさほど役立たないと著者は考えているというのである。

お金を貯める・増やすは、所詮は「お金はお金」「お金でお金を買う」ということにすぎない。本当に大切なのは、お金を通じて人間関係をつくることや、自らの感動や楽しみに変換させることだという考え方である。なぜなら本来、お金の本質は交換価値なのだから。

言葉を換えれば、定年後のお金をどのように考えるのか、定年後どのように働くのか、遊ぶのか、居場所や生きがいをどこに見出すのか。これらは切っても切れない関係にある。お金を稼ぐことは、社会に必要とされている証であり、使うことは社会に何かを還元する行為である。この2つがあって初めて社会とつながるのだ。そしてそのことが確認できれば、生きる意味も感じられる。(本書184ページより引用)

定年後の生きがいを支える大切な手段のひとつがお金であることは間違いない。が、それは目的ではないということだ。人は多少なりとも、お金がないことをあたかも命を失うような出来事だと捉えてしまいがちだ。しかし現実的には、目の前に刃物を突きつけられているわけではないのである。

お金を稼ぐというところまでいかなくても、「お金からもらえるエネルギーや喜び」のことを語る人がいるのだそうだ。たとえば著者の知るある会社員は、「ボランティアのお礼でもらったお金と、会社からの給与は、同じ円でも単位が違う」と語っていたという。

多額の収入を得ることができても、やりたくもない仕事をいやいやながら続け、心の中では反対なのに上司に追随する言動をしたり、顧客に心にもないお世辞を繰り返したりするなど、自分の思いと違うことばかりやっている会社の仕事に比べると、自分が自主的に動いて得るお金は相手からの感謝の気持ちがそのお金の中に込められていると言う。(本書197ページより引用)

たしかにお金が、ひとつの価値を示すモノサシであることは間違いない。しかし忘れるべきでないのは、人はお金を通じて誰かとつながり、誰かを支え、誰かに支えられているということだ。

だがお金を貯め込むことを中心に考えていると、つい、そうした重要なことを忘れがちになってしまうものでもある。だからこそ、お金を通じて関係がつながっていることを理解するべき。

そうすれば、お金が循環する中に、自分もうまく入っていく必要があることがわかるようになる。つまり、お金との接し方は、人との接し方に反映するということだ。

ところで著者は、会社生活から定年後に至る人生を旅行にたとえて考えることを勧めている。

会社員時代は、いわばパック旅行。なにも考えなくとも、ルート通りに行けば安全に目的地には到着できるということだ。当然、お金の心配もない。

ところが会社という組織を離れると、自分で地図を見ながら計画を立て、どういう交通機関を使ってどういうルートで目的地に向かうかも自分で決める必要がある。しかも、持ち合わせのお金を考慮しながら。

少ないお金でも旅行はできるが、やはり多ければ多いで使い道は広がるだろう。そういう意味では決して無視はできない。しかし旅が終わった時の満足度はお金にはそれほど左右されない。自分が死ぬ時に、これだけ稼いだとか、これだけお金が残っていると誇る人はいないからだ。
その旅の満足度は、一度きりの人生に対して自分自身が納得できるかどうかという自己評価に基づいている。私自身も完璧な老後の準備ができる自信はないが、「これは俺がやったことだ」と言えることが一つでもあればと思っている。(本書200ページより引用)

詰まるところお金の本質的な価値とは、この部分に集約されるのではないだろうか?

『定年後のお金-貯めるだけの人、上手に使って楽しめる人』

楠木 新 著
中公新書
定価:本体840円(税別)
刊行;2020年1月

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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