……そろそろ答え合わせをしましょう。ズバリ正解は、「(ろ)養老館」。
(い)の誠之館は備後福山藩の藩校。(は)の修道館は久留米藩の藩校。(に)の時習館は九州熊本藩の藩校です。勘で答えたかたは不正解になってしまったはず。
では、この津和野藩の養老館とは、具体的にどんな藩校だったのでしょうか? 解説を見ていきましょう。
「幕末、各藩校に学んだ藩士たちのうち、明治時代の近代化の担い手となった者は数多くいた。なかでも、津和野藩の藩校養老館は、西周や森鴎外など明治を代表する人物を輩出している。
西周は養老館で学んだのち、江戸に出て幕府の洋学機関である蕃書調所に出仕した。その後、榎本武揚らとオランダ留学している。
帰国後、津和野藩士から幕臣に登用された。国際事情に詳しかった西は、大政奉還された頃は、15代将軍慶喜の相談役のような立場となっていた。
幕府瓦解後は、大半の幕臣とともに静岡藩士となり、沼津兵学校の頭取に任命される。沼津兵学校は、時代の最先端を行く教育機関として全国から注目された。のちに、西洋の思想や学問の啓蒙活動を展開した明六社の同人のひとりとなる。」
さすが、10人に1人しか解けなかった超難問。津和野藩の藩校までは頭に入っているかたは希少ですよね。正解できた方は、ご自身の博識を誇ってください!
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※問題の出典:『江戸文化歴史検定 出題問題公式解説集 第2回江戸吟味問答控』
https://www.shogakukan.co.jp/books/09626610
取材・文/藤岡あかね