■基本を知ることで世界が広がる

「基本を知っておくのが大切だと思ったんです。長年かけて確立された世界を知ってから、それを崩すのと、知らないでやるのとではまったく違いますので。

私が習っているのは遠州流で、簡略化されていない古い点前がそのまま残っていたり、さまざまなところに武家らしい特徴が出ていたりして面白いですが、どの流派でも、時間をかけて練り上げられたやり方にはそれなりの意味や合理性があるでしょう。

それに、茶道はお茶を点てるだけじゃなくて、その周辺にあるさまざまな日本の伝統文化に触れるきっかけをつくってくれます。たとえば和菓子には季節に合わせてテーマがありますが、それを少しでも知っていれば、いつ、どこで、どんな和菓子を組み合わせるかを考える楽しみが急に広がるんですよ。

今日用意した和菓子は、近所のお店で買ったおまんじゅうで、特に有名な銘菓というわけではありませんが、清流にいるお魚の模様がついています。それだけで涼し気な印象になりますよね」

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基本を学ぶことで、楽しみ方のバリエーションが増えてきたのも楽しいと語る山口さん。知れば知るほど、お茶はもちろん、茶道具などにもこだわりたくなってくるのでは?

「茶道の周辺にある日本の伝統文化はどれも奥が深くて、まだまだ知らないことだらけですが、少しでも知れば、知った分だけ楽しみは広がります。茶道具も、伝統文化ですから骨董品レベルのものとか、お金をかければキリがないのですが、お金をかけないで楽しめる方法もあることを知ったのは大きいですね。

人をおもてなしする場合だと、『こう見えても安くていいですよ』とはなかなか言いづらいじゃないですか。でも自分一人で楽しむならそういう見栄は不要ですから、自分が好きなものに対して素直に『いいよね』と言える。

たとえば、今日使った茶碗はネットオークションで500円で落札したものですが、とても気に入っています。内側に三角形の山のような絵柄があるので、勝手に『三角山(みすみやま)』という銘を付けました。

三角山というのは、鳥取県にある山です。平安時代の歌人である在原行平(ありわらのゆきひら)は、有名な在原業平の兄にあたる人ですが、この人が因幡国(いなばのくに/今の鳥取県東部)の国司に任じられ、任地に向かう際に詠んだとされる、

《ゆく先を みすみの山を 頼むには これをぞ神に 手向けつつゆく》

という歌があって、それがネタ元です。

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道具にこだわると、どこまでも高い物があって、そうした道具を手に入れるのもお茶の楽しみのひとつでしょう。でも、いわゆる『銘』というのは、自分がいいと思った物に名前を刻むということなので、数百円の物でも、気に入ったら自分で銘をつけてしまえばいいんですよ。

その道具の特徴とか、それを使っているときに起きたエピソードなどを元にする場合もあるし、『歌銘』といって短歌を銘にするやり方もある。歌も昔からある和歌をあててもいいし、自分でオリジナルのものを詠んでもいい。そうやって頭をひねっている時間は、お金はかかりませんがとても豊かだと感じます」

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