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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「文明の社会は血を見ぬ修羅場である。四十年前の志士は生死の間に出入して維新の大業を成就した。諸君の冒すべき危険は彼らの危険より恐ろしいかも知れぬ」
--夏目漱石

夏目漱石の小説『野分』の中の一節である。

この物語の主人公は、文学者の白井道也。大学卒業後、新潟、九州、中国地方での中学校の英語教師を経て、上京。雑誌記者や翻訳で生計を立てながら、高い問題意識をもって著述や演説に取り組んでいる。上に掲げたのも、演説で聴衆に語りかけることば。そこには、漱石のとらえる明治の現実社会が映し出されている。

旧体制が破壊され、急激に西洋化が推し進められる中で、社会にはさまざまなひずみが生じ格差も広がっていた。

随筆『思い出す事など』にも、漱石はこう綴っている。

「力を商(あきな)いにする相撲が、四つに組んで、かっきり合った時、土俵の真中に立つ彼らの姿は、存外静かに落ちついている。けれどもその腹は一分と経たないうちに、恐るべき波を上下に描かなければ已(や)まない。そうして熱そうな汗の球が幾筋となく背中を流れ出す。(略)自活の計(はかりごと)に追われる動物として、生を営む一点から見た人間は、まさにこの相撲の如く苦しいものである」

自活の計だけでも相撲の如き苦しさだが、知識階級にある人間たちは社会のひずみを是正し、よりよい姿に構築していく闘いも心がけなければならない立場にあっただろう。また、それ以上に、大きく価値観が転換する中で、自分自身が生きる拠り所となる内面を再構築することが、重要かつ喫緊の課題であったかもしれない。

『野分』の白井道也は、だから、掲出のことばに続けてこんなふうに説く。

「血を見ぬ修羅場は砲声剣光の修羅場よりも、より深刻に、より悲惨である。諸君は覚悟をせねばならぬ。勤皇の志士以上の覚悟をせねばならぬ。斃(たお)るる覚悟をせねばならぬ。太平の天地だと安心して、拱手(きょうしゅ)して成功を冀(こいねが)う輩は、行くべき道に躓(つまづ)いて非業に死したる失敗の児よりも、人間の価値は遥かに乏しいのである」

漱石自身、文学を通じて、命懸けの闘いを挑む覚悟でいた。それを裏付けるように、明治39年(1906)10月26日付の鈴木三重吉あて書簡には、次のような記述が読める。

「死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやってみたい」

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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