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「桃栗三年柿八年 だるまは九年 俺は一生」(武者小路実篤)【漱石と明治人のことば140】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「桃栗三年柿八年 だるまは九年 俺は一生」
--武者小路実篤

もし武者小路実篤に師と呼べるような存在がいたとしら、トルストイだろう。なぜなら彼を文学の道に導いたのは、思想家としてのトルストイだったのだから。それでも、トルストイの説く禁欲的人道主義に長くとどまってはいなかった。「思想の借り着は害がある」と思い至り、そこから一歩抜け出して自己を生かす道を模索したのである。

先輩作家としての夏目漱石や幸田露伴にも会い、彼らを尊敬していたが、一方では「自分より偉い人に会ったことはない」とも綴る。傲慢というわけではない。物事に取り組むときは自分自身が出発点であり、その意味では皆が対等と考えていた。

そんな武者小路実篤が絵筆を握るようになったのは、40歳のころ。もともと、文学のみならず芸術全般に意を注いだ白樺派の運動の中心メンバーであったから、以前から美術に対する深い興味は有していた。だが、ここでも誰かの作風に寄りかかるというような安易な道はとらない。セザンヌやゴッホらの絵画にふれ、その作品の素晴らしさを尊敬しても、それはそれ、自分は自分、人真似しようなどとは思いもしないのである。

元来がどちらかというと不器用な質。最初はうまく描けなかったものの、それでも構わず、黙々とていねいにつづけた。そうするうち、いつか「誠実無比」といわれる独得の画境を掴んでいく。

もっともよく知られているのは、野菜や花を率直かつ素朴なタッチで写生し、その脇に、以下のような簡潔にして意味深なさまざまなことばを書きつける、実篤ならではの文人画の世界であろう。

「君は君 我は我也 されど仲よき」
「思い切って咲くもの万歳」
「どかんと坐れば動かない」
「共に咲く喜び」

掲出のことばも、そうした自筆画に添えられたもののひとつ。桃や栗は実をつけるまで3年を要し、柿は8年かかるといわれる。達磨大師は9年もの間、壁に向かって坐禅を組みつづけ、ついに悟りを開いた(面壁九年)。自分自身は不器用だから、一生をかけて、じっくりと花を咲かせ実をみのらせていく、という意味であろう。

このことを象徴するような遺品が、東京・調布市の武者小路実篤記念館に残されている。彼が絵を描くに際し愛用していた硯である。中国製。「硯の中の硯」と賞揚される澄泥硯(ちょうでいけん)。中央に小さな穴があいている。なぜそんな穴があいたのか。

武者小路はこれを使って、さまざまな色合いの墨(色墨)をすり、来る日も来る日もせっせと絵を描きつづけた。80歳を過ぎても向上心は衰え知らず。本気でいつかピカソに追いつく気概。時には、使い残しの墨を洗い流すのももどかしく、くるりと硯を裏返し、その背面で別の色をすったりもした。

こうして表からも裏からも少しずつ磨耗した結果、ついに硯の中央に穴があくに至ったという。肯定的にして一徹なる心の、凄まじさを思うべし。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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