今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「長い道のりでした。この間に孫が5人できました」
--金栗四三

マラソンランナーの金栗四三は明治24年(1891)熊本に生まれた。夏目漱石が教壇に立ったこともある東京高等師範学校に入学したのが明治43年(1910)。その2年後、スウェーデンのストックホルムで開かれた第5回オリンピック大会のマラソン競技に出場した。日本人初の五輪代表選手だった。

金栗は前年に行なわれた国内予選会では、当時としては驚異的な2時間32分45秒の世界新記録をマーク。大きな期待を寄せられていたが、本番では酷暑のレース中に熱中症で倒れた。近くの農家にかつぎこまれて介抱され、目を覚ましたのは翌日の朝。今では考えられないことだが、あらゆることが未整備だったのだろう。

昭和42年(1967)、金栗はスウェーデンのオリンピック委員会から開催55周年の記念行事に招待された。その日、ストックホルムの競技場にはゴールテープが用意されていた。75歳の金栗はゆっくりと競技場を走り、テープを切る。そこでアナウンスが流れる。

「日本の金栗、ゴールイン。タイムは54年8か月と6日 5時間32分20秒…。これをもって第5回ストックホルム・オリンピック大会の全日程を終了します」

この粋な計らいに応え、金栗が発したのが掲出のことばだった。なんともユーモラスでいい。マラソンに人生が重なる。金栗は指導者としても、日本に初めて高地トレーニングを取り入れ、箱根駅伝の創設にも力を入れるなど、日本陸上界の発展に貢献した。

筑波大学体育スポーツ資料室を訪れ、金栗四三愛用のマラソン足袋を見せてもらったことがある。底部に補強をほどこし、足首部分をゆるくした特別誂え。使い込んだ痕跡も生々しく、汗と気力がしみこんだようで、なかなかの迫力だった。

この足袋を見て私の頭に浮かんだのは、瀬古利彦や宗茂・猛兄弟、渡辺康幸、藤田敦史といった、過去に取材した錚々たるランナーの顔ではなく、自身の子供時代の運動会だった。当時はまだ「足袋の方が運動靴より早く走れる」という伝承が生きていた。小学校の運動会の50メートル走に足袋を履いて臨み、結果は6人中3着。凡庸な走りだったが、鉛筆をもらったのは参加賞だったのか。

今日、2月26日は東京マラソン2017の開催日。新たなヒーロー、ヒロインが誕生するか。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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