『花の乱』で登場した六角高頼

1994年の大河ドラマ『花の乱』は、応仁の乱の原因をつくった日野富子(演・三田佳子)を主人公とした作品です。脚本は、市川森一さんでした。

応仁の乱後の混乱の中で、松岡昌宏さん演じる室町幕府9代将軍足利義尚が、六角高頼(演・山本龍二)を征伐するために、自ら近江に出陣する場面が描かれました。劇中では、「この頃、近江の国では守護の六角高頼殿が寺社や公家、将軍の近臣たちの所領を押領し、幕府には高頼殿に領地を奪われた寺社、奉公衆たちの訴えが40数件に及びました」というナレーションで状況が説明されました。

将軍足利義尚は、六角高頼を討つために自ら出陣して近江に進軍し、陣中で亡くなります。25歳の若さでした。将軍義尚の早逝が、信長の時代まで続く混乱の源流ということになります。

『信長 KING OF ZIPANGU』で登場した六角承禎

『光る君へ』の源雅信の時代からおよそ550年。時代は戦国時代となり、六角氏、京極氏ともに時代の荒波にもまれることになります。

織田信長と対峙した六角義賢(承禎)は、『花の乱』で登場した六角高頼の孫になります。義賢の父六角定頼の代には、天文13年(1544)に上洛して将軍義晴と管領細川晴元の調停をしたり、13代将軍義輝の烏帽子親になるなど、戦国大名としての六角氏の最盛期を迎えていました。

1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』では、六角承禎(演・平泉成)が、「尾張の小倅(こせがれ)にも伝えるのじゃ。片田舎に生まれし者は片田舎に生きよ、と。天下はそのような者にはかかわりないものじゃ」と馬鹿にした物言いでした。

宇多天皇の孫である源雅信を祖とする源氏の出で、源頼朝の挙兵に参陣した由緒を持ち、鎌倉幕府の滅亡を乗り越えてきた「名門」にとって、尾張国の半国守護代のそのまた奉行の信長の出自に対する侮蔑の念を感じさせる台詞でした。

これも600年に及ぶ長い歴史を生き抜いてきた矜持だったのでしょう。ところが、時の勢いは信長にありました。六角承禎は信長に敗れ、居城の観音寺城は永禄11年(1568)に落城するのです。

六角氏と京極氏の物語はまだ続きますが、『豊臣兄弟!』劇中の物語がもう少し進展したところで、その後の物語に触れたいと思います。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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