文・絵/牧野良幸

作家の曽野綾子さんが亡くなられた。曽野綾子さんはカトリックの洗礼を受けた作家として知られる。また夫が作家の三浦朱門さんということも有名な話だ。

そこで今回は曽野綾子さんの作品を原作とした映画『誰のために愛するか』を取り上げたい。この映画は1970年にベストセラーとなった曽野綾子さんのエッセー『誰のために愛するか』を原作とした作品である。

映画は1971年に公開されている。監督は出目昌伸。脚本は鎌田敏夫。

鎌田敏夫は1960年代にテレビドラマ『でっかい青春』や『サインはV』などの青春ドラマの脚本を手がけた人だ。映画と同じ1970年代なら『おれは男だ!』『飛び出せ!青春』なども手がけているので、たくさんの方が鎌田敏夫の作品に接していたと思う。僕も青春ドラマはよく見ていたので親近感がわく。

映画『誰のために愛するか』も青春映画のような雰囲気が多少あるが、やはり大人の物語である。

主人公は東京の銀行に勤めている宮井朋子(酒井和歌子)。テキパキと仕事をする朋子はいかにも誠実な感じの女性だ。

ある日、朋子は上司を通じて取引会社の高木隆一郎(佐々木勝彦)から交際を申し込まれる。朋子は気乗りがしないものの、高木と交際を始める。

朋子の家庭は複雑だ。両親は離婚しており、郷里で飲み屋をしている母親(森光子)は自由奔放な人間だった。朋子は母親が父親からお金をもらっていることが気に入らない。店で客に媚を売ったり、だらしのない一面も気に入らなかった。

「私は結婚なんてしないわ、人を愛したり、憎んだり、もうたくさん」と朋子。

「そんな経験もない者が、何言ってんだい」と母親もやり返す。

その母娘の前にあらわれたのが幼なじみの元木敬介(加山雄三)である。幼いころ、いじめられた記憶しか残っていない朋子だったが、再会した敬介は父のあとを継ぎ医者になっていた。敬介には妻と子どももいた。

朋子は実家に帰った時に風邪をひいた。それで啓介が診察に来たわけだが、診察してもらう時、胸元を見せるのを恥じらう朋子はまるで女学生のようである。

酒井和歌子は僕の中では吉永小百合に続く清純派青春スターだ。この映画は50年以上前に制作されたものだが、今観ても昭和のスターの輝きは色あせていない。酒井和歌子の演じる朋子に魅惑されてしまった。

そして酒井和歌子と同じくらい輝いているのが加山雄三である。1971年に公開されたこの映画でも“若大将”ぶりは健在で、朋子のような奇麗な女性にたいしてもマイペース。どこまでもさわやかな敬介を演じられるのは加山雄三しかいまい。

映画に話を戻そう。

朋子はエリートで真面目な高木とデートを重ねるがキスも許さなかった。デートで気を使う高木に腹を立てることもあった。そんな時、敬介が突然朋子のアパートにあらわれるのである。

敬介は朋子を女性というより幼なじみと感じているのだろう。朋子の部屋でも遠慮がない。朋子も高木と違って、敬介と一緒にいると表情はゆるみ、温かい眼差しとなる。啓介は疲れが出て、そのまま朋子の部屋で寝てしまうのだが、次の朝、ふたりの朝食でのやりとりはまるで鎌田敏夫がテレビに書いた青春ドラマのようである。

しかしこの物語の朋子は大人の愛に生きる女性である。不倫をしている同僚に「汚いわ」と言い放つ朋子。その一方で、妻子のいる敬介との食事には顔を輝かせる朋子だった。

啓介は福島の診療所に赴任することになった。それで最後に朋子を食事に誘ったのだ。もちろん幼なじみとして。敬介の夫婦関係はうまくいっておらず、妻と子どもは実家にいるので、単身での赴任である。

食事のあと朋子は敬介にスーツケースや洋服を見立ててやり、そのまま敬介のマンションに寄り、部屋の片付けや荷作りを手伝ってやる。もちろん朋子も幼なじみとして、だったのだろう。しかし二人でいると敬介への思いが込み上げる朋子だった。

「わたし、結婚するのよ……」

「そうか、おめでとう」

「銀行の取引先の人……普通の人……」

「ふうん」

「いい人よ……」

「だろうな、朋ちゃんが結婚するくらいなら」

最後まで幼なじみとして振る舞おうとする朋子が実にいじらしい。観客はなんとか朋子を救ってあげたいと思うわけだが、もちろん観続けるしかない。

しかし、さすがの敬介もようやく朋子の気持ちに気づく。朋子が雨の中を濡れながら帰るのを追いかけて抱きしめる。このシーンも酒井和歌子の魅力がとても出ていると思った。

そして啓介が忘れられず、彼が赴任した福島に向かう朋子(この映画は最初から最後まで酒井和歌子が出ずっぱりである)。まだ蒸気機関車の走っている時代だ。轟音をあげて走る機関車は覚悟を決めた朋子を象徴しているようにも見える。映画は結末まで目が離せない。

最後に書いておくと原作とされている曽野綾子の『誰のために愛するか』はこのような物語ではない。原作はエッセーであり、曽野綾子の考える愛や結婚、夫婦のあり方、女性の生き方、夫である三浦朱門との出会い、結婚生活などをつづっている。

映画はエッセーからそのテーマをくみ取り、朋子といういち女性の愛を描いたのだと思う。朋子の姿は50年以上たった今もわれわれを魅了するのだから、これもまた「面白すぎる日本映画」であろう。

【今日の面白すぎる日本映画】
『誰のために愛するか』
1971年
上映時間:96分
監督:出目昌伸
脚本:鎌田敏夫
出演者:酒井和歌子、加山雄三、森光子、細川俊夫、佐々木勝彦、ほか
音楽:池野成

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
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