もしも蔦重に出会っていなかったら

I:田沼派と一橋派の暗闘が繰り広げられる中で、市井の蔦重(演・横浜流星)は、富本斎宮太夫を動員して、押し返そうとする様子が印象的でした。この斎宮太夫を演じたのが2024年の『紅白歌合戦』にも出演した新浜レオンさん。富本節などの浄瑠璃の太夫は、現代でいえば流行歌手のような存在なわけですから、新浜さんの起用はまさに「慧眼」。
A:幟を掲げて、音曲も駆使して、なんだか豪勢な仕掛けでした。紅白歌手の登場のステージとして、申し分ない感じでした。これを見ていた子どもたちの中から、「流行歌・歌い手の歴史」を研究する人が出てきたらいいですね。平和な江戸時代も中期になって、市井の庶民も演劇や浄瑠璃などの文化を楽しむ余裕が生まれていました。
I:美声の人は今も昔も人気があったのでしょう。そういう人物を動員することを考える。蔦重ってすごいですね。
A:そうした流れのなかで、新之助(演・井之脇海)が落命します。すでに愛妻ふく(演・小野花梨)と愛息とよ坊まで不幸な死を迎え、厭世観ただようというか自暴自棄というか、そんな感じでした。貧乏御家人の三男に生まれて、平賀源内のもとで炭売りに従事。そんなときに蔦重と知己を得ます。よくよく考えると、この出会いが、新之助の人生を翻弄するきっかけになったともいえます。
I:蔦重との縁で「吉原」に深入りすることになったんですものね。劇中のことに「たられば」をいうのもなんですが、蔦重に会わなければ、平凡かもしれないけれど、穏やかな人生を送ったんでしょうね。
A:「人生を左右するのは、人との縁」というのを如実に示したのが新之助の人生。歌麿(演・染谷将太)は新之助について「いい人生だったと思うんだよ。さらいてぇほど惚れた女がいて、その女と一緒になって。苦労もあったろうけど、きっと楽しい時も山ほどあって」と論じました。
I:歌麿の言もまた一理ありでしょうか。それでも私は、「新之助のような純な人物が吉原のような地に足を踏み入れるべきではなかった」と思います。視聴者の方はどういうふうに受け止めたでしょうか。
A:来し方を振り返ったときに「あの時、ああしていれば」とは多くの人に押し寄せる感情です。
I:「それもまた人生」ということなのでしょう。それにしても、新之助の土盛りが悲しくて切なくて、胸がきゅんとなるというか、とにかく心が千々に乱れちゃいました。
A:打ちこわしの終焉とともに終わった命の灯でしたね。
I:土盛りの前で、歌麿が、自分「ならではの絵」を描いて蔦重に見せたのも印象的でした。
A:限りある命を描くことが、歌麿にとっての償いになるというものですね。苦悩した歌麿がたどり着いた答えに、今後の歌麿の活躍が示唆されている気がしました。

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