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文・絵/牧野良幸
NHKの大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』が始まった。今回の主人公は蔦屋重三郎だ。江戸時代に黄表紙や浮世絵を出版した人物だという。
重三郎が売り出した絵師には歌川歌麿や写楽、葛飾北斎らがいると言うのだから、相当に大物である。今日では“江戸のメディア王”などと称されるらしい。
僕は一応イラストの仕事もしているので浮世絵には興味がある。あと江戸時代の出版に関しても興味があるので、今回の大河ドラマも面白そうである。
ということで今月は蔦屋重三郎に関連する映画を選んでみた。
『HOKUSAI』である。わりと最近の映画で2021年の公開。監督は橋本一。主人公は今や英語で書いてもおかしくないほど世界的に有名な葛飾北斎だ。
しかし蔦屋重三郎もこの映画では重要な人物である。というか映画の前半は蔦屋重三郎が主人公と言ってもいいくらい。
導入からいきなり蔦屋重三郎(阿部寛)が登場する。幕府は風俗を荒らす版元を弾圧していた。重三郎の店、耕書堂にもお上の手入れが入る。そんな緊迫した場面だ。
店の書物や浮世絵はことごとく重三郎の目の前で燃やされてしまった。しかし弾圧があればあるほど燃えるのが蔦屋重三郎だ。“江戸のメディア王”と称されるだけあってポジティブである。
ある日、重三郎は勝川春朗(かつかわ しゅんろう・柳楽優弥)という絵師のうわさを聞く。浮世絵界で有名な勝川派を破門になるなど、どうにも節度のない男らしいが、その絵には光るものがあった。
さっそくその男に会いに長屋まで出向いた重三郎。行動力がある。そしてプロデュースの才能もさっそく見せる。
「おめえウチで描いてみる気はねえか? 俺が一から育ててやるよ」
しかしこの若者もただの貧しい絵師ではなかった。江戸中に名の知れた蔦屋重三郎の誘いなのに、
「ことわる。おれは人の指図で仕事をするのが性に合わねえ」
いきなり、つっぱっているなあ、と思うわけだが、柳楽優弥の演じる春朗のギラギラとした目は、誰にも妥協せずわが道を行く気迫を伝える。
この勝川春朗こそ、のちの葛飾北斎だ。
時間を早回しして書くと、重三郎は、才能はあるもののまだ自分の表現を見いだしていない春朗に何かと面倒を見てやる。春朗の留守中にお金を置いていったり、重三郎が売り出した美人画の大家、喜多川歌麿(玉木宏)に会わせたり。
しかし気の強い春朗は歌麿にも敵対心を燃やすのだった。新たに絵を描くと重三郎のもとにやってくる。重三郎と向き合い、持ってきた絵を神妙に差し出す春朗。
このシーン、僕も緊張した。僕も若いころ、毎日のように出版社にイラストの売り込みに行っていた。イラストを編集者の人に見せる瞬間は本当にドキドキする。そのあとの相手の反応を聞くのが怖いくらいだった。
思いもかけず昔を思い出してしまった。話を映画に戻そう。
春朗が描いてきたのは歌麿の得意とする美人画だった。はたして重三郎は邪心から描いたその絵を認めず、はねつける。
また重三郎は新たにプロデュースした絵師、東洲斎写楽(浦上晟周)にも春朗を合わせる。耕書堂では写楽の浮世絵が飛ぶように売れていた。
春朗は写楽にも敵対心を剥き出しにするが、写楽の「私はただ、心のおもむくまま描くだけです」という言葉に反論できない。
これでガツンとやられたのだろう。とうとう自信の塊だった春朗も打ちひしがれる。春朗は死のうと海に入るが死にきれなかった。生き延びた春朗が取りつかれたように描いたのが波の絵だった。
再び重三郎の目の前にあらわれた春朗の姿は以前と違っていた。おごりのない顔つき。そして持ってきた絵を差し出す。
「ただ描きてえと思ったのを、好きに描いただけだ。いらねえなら言ってくれ」
その絵を見るや引き込まれた重三郎。
「いい絵だ。これでウチで描いてもらえねえだろうか」
重三郎が出版した浮世絵は浜辺に大波が打ち寄せ、向こうにはあっさりと富士が描かれていた。そして「北斎」という号も。北斎の才能がついに開花した場面であろう。
ちなみにこれは初期の作品で、あの有名な『富嶽三十六景』の中の「神奈川沖浪裏」の絵ではない、それは映画の後半で出てくる。念のため。
しかし蔦屋重三郎は北斎の才能を開花させた喜びもむなしく、すぐに死んでしまう。蔦屋重三郎は47歳の若さで亡くなるので、北斎が本格的に活躍するのは重三郎の死後なのだ。
そのあとの北斎は田中泯が演じる。田中泯の演じる老年期の北斎は、柳楽優弥のギラギラとした北斎が、いぶし銀のごとく年齢を重ねた、まさに「画狂人」の北斎である。映画の前半が蔦屋重三郎との関わりが軸としたら、後半は戯作者柳亭種彦(永山瑛太)との関わりが軸となる。
最後に個人的に面白かった場面をいくつか抜き出しておこう。
写楽は誰だったのか。今も謎でいろいろな説がある。その写楽をどういう人物にするか興味ぶかかったが、この映画では自我がむき出しの北斎や歌麿とあえて対比になるような人物に設定したのが面白かった。
先にふれた「神奈川沖浪裏」の木版画制作場面も、自分には“萌え”であった。北斎が下絵を完成させる。彫師が下絵を版木に移し、彫る。摺師が絵具を塗って擦る。そしてあの版画が擦り上がる。短いカットだが浮世絵の製作工程が映像で出てくるとやはり注目してしまう。
あと北斎が肉筆画を描いている場面での、筆使いをアップにして映すところなども緊張感があった。
もちろん大河ドラマのファンにも蔦屋重三郎の出版プロデューサーとしての仕事ぶりがわかって面白いと思う。フィクションではあるが想像をかき立てる映画である。
【今日の面白すぎる日本映画】
『HOKUSAI』
2021年
上映時間:129分
監督:橋本一
脚本:河原れん
出演:柳楽優弥、田中泯、玉木宏、浦上晟周、瀧本美織、永山瑛太、阿部寛、ほか
音楽:安川午朗
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/
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シーディージャーナル
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