文/鈴木拓也

運動は健康にいい。

このことは、なかば常識とされているが、どのような仕組みで健康にいいのか、実は最近まで解明が進んでいなかった。

突破口が開けたのは、21世紀になってから。運動すると、筋肉から分泌されるホルモンがあり、それが健康効果を生むことが分かってきたのである。

このホルモンを総称して「マイオカイン」と呼び、世界中で研究が進められている。そして、この分野における日本の研究者の1人が、京都府立大学大学院 生命環境科学研究科の青井渉准教授だ。

青井准教授は、著書『筋ホルモン マイオカインの威力』(KAWADE夢新書  https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309504582/)で、この物質について詳しく解説している。

マイオカインとはどのようなもので、どう健康管理に生かせるのだろうか? 本書をもとに、その一端を紹介しよう。

がんやうつの予防など多様な効果を発揮

一口にマイオカインと言っても、600種類以上あるという。そのうち、よく研究されているのは、「とくに重要な働きをしている」とみなされる約20種類。運動するたびに分泌されるものもあれば、運動を習慣としてから「じわじわと出てくる」ものもある。

その作用は様々であるが、多くは健康を増進してくれるものだ。例えば、脂肪の燃焼を助け、痩せやすい体質にし、高血糖を抑制し、皮膚の老化を防ぐといった効果が確認されている。

中には、がんの予防に効果を発揮するSPARCというマイオカインもある。これは、青井准教授らの研究グループが発見したもので、前がん状態の細胞をアポトーシス(自然死)に導く作用があるそうだ。また、SPARC以外にも、免疫細胞を活性化させるマイオカインなどもあり、がんの予防に運動が効果的であることが理解できる。

さらに、うつを予防・改善する、キヌレン酸というマイオカインもある。これは、キヌレニンという代謝物を筋肉が取り込んだ結果としてできる物質。キヌレニンは、脳に入ると、うつ、統合失調症、アルツハイマーなどの疾患に関与することが知られている。他方、キヌレン酸は脳に入ることができず、結果としてそうした疾患に罹るリスクを低くするという仕組みだ。

このように、多くのマイオカインが、筋肉の運動に伴って分泌され、我々の健康に寄与しているのである。

鮭に含まれる物質が健康にいい理由

青井准教授は、マイオカインの分泌を促進する食材の研究も行っている。

その1つが鮭。この赤身魚にはアスタキサンチンという物質が含まれている。これは、抗酸化物質として最近注目を浴びており、ご存知の方も多いかもしれない。

このアスタキサンチンだが、PGC1αというタンパク質を活性化する働きがある。活性化によって、細胞内のミトコンドリアが増加するという。

専門的な用語が続いたので、本書の説明を借りよう。

ミトコンドリアは、細胞の“エネルギー発電所”とも呼ばれ、食べたものを燃やしてエネルギーに変えてくれる代謝の働きをしています。つまり、ミトコンドリアが多くなった筋肉は、より糖や脂肪を燃やしやすい、代謝能力が高い筋肉ということになります。(本書93pより)

さらに、PGC1αは、アイリシンやアミノイソ酪酸といったマイオカインを分泌する。その多くは脂肪の燃焼に関わっており、健康的なやせ体質への転換を促す。

いいことづくしのアスタキサンチンだが、空腹時に鮭だけを食べるのでは、吸収率が良くないそうだ。そのため、サーモンマリネなどにして、オリーブオイルのような健康にいいオイルと一緒に食べることをすすめている。

ウォーキングと筋トレの合わせ技がおすすめ

ここまで、漠然と「運動」という言葉を使ってきたが、具体的にどのような運動が好ましいかについても書かれている。

巷では、「有酸素運動と無酸素運動のどっちがいいか?」というトピックが、しばしば話題にのぼるが、青井准教授は、「両方おこなうのがやはりベスト」と答えている。運動の強度・頻度については、厚生労働省の「身体活動・運動ガイド2023」に準じて、「1日8000歩相当のウォーキングに加え、週2~3日の筋トレ」が、1つの目安とされている。

ただ、運動習慣以前の問題として、座りっぱなしの生活に警鐘を鳴らしている。特にコロナ禍をきっかけにリモートワークが普及して、朝から晩までデスクワークという人が増えた。WHO(世界保健機関)も厚生労働省も、長時間の座位行動は避けるよう注意を促しているが、それは将来の死亡リスクを増すからだ。

これはなにも、デスクワークは完全にやめよという話ではなく、適宜椅子から離れることだけでもリスクは軽減される。青井准教授は、次のようにアドバイスする。

ティータイムをとりに席を立つ、必要なものを(他人に任せず)自分でとりにいく、ちょっとパソコン画面から目を離してひと息入れる際に立ち上がって伸びをしてみる。オフィス内を少し歩いてみる、しばらく立ち仕事をする、など何でもかまいません。(本書166pより)

これが習慣づけられたら、次のステップとしてウォーキングと筋トレをする。筋トレについては、まずは「上半身、下半身1つずつ」からスタート。加齢とともに衰えやすい太もも、腹筋、上腕三頭筋を重点的に鍛える。この習慣が板についたら、「ややきつい」運動へとステップアップ。つまり、ウォーキングからジョギングへ、筋トレは動作をスローにするなどして、負荷を増す方向へと舵を切る。

本書のおわりで青井准教授は、「筋肉を動かす、マイオカインを出す、全身をアップデートする。こんな感覚をもって体を動かしていただきたいです」と記している。運動不足のせいで調子が悪いと自覚のある方は、本書を参考にして運動に取り組んでみてはいかがだろうか。

【今日の健康に良い1冊】
『筋ホルモン マイオカインの威力』

青井渉著
定価1045円
KAWADE夢新書

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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