アイドルの元祖? 美声の持ち主

I:さて、「吉原パート」ですが、吉原で行なわれていた「俄(にわか)」というお祭りを盛り上げようということになりました。
A:ここで候補にあがったのは富本節の富本午之助(演・寛一郎)。浄瑠璃の一流派で、午之助は美声で有名だったそうです。
I:現代でいうアイドルのような存在ってことですね。蔦重(演・横浜流星)が里津(演・安達祐実)、次郎兵衛(演・中村蒼)とともに「馬面太夫」とも呼ばれた午之助の美声に耳を傾ける場面がありましたが、そのときの蔦重のうっとりした表情が、そのあたりの機微を絶妙に表現していて、「横浜流星凄い!」って思わされますよね。
A:美声というのはやっぱり武器ですね。このころの浄瑠璃のスターの美声ってどんな感じだったのか想像するだけで楽しいです。蛇足ですが、浄瑠璃では「歌う」とはいわず「語る」っていうんですよね。
I:もっともっと古い時代にさかのぼれば、美声の僧侶も密かに人気だったらしいですね。いまでもうっとりするような美声でお経を唱える僧侶がいたりしますよね……。ということで、蔦重は吉原のイベントの目玉に富本節を招聘しようと画策します。ところが午之助は吉原には嫌な思い出があるということで、断ります。
A:なんとしてでも参加してもらいたい蔦重は、そんなこんなで、浄瑠璃を「監督」する立場の人物に会いに行きます。鳥山検校(演・市原隼人)が再び登場するわけです。
I:なんだかややこしい話になってきましたが、大文字屋(演・伊藤淳史)と蔦重が鳥山検校の宅を訪ねるということになりました。前週、吉原から身請けされて検校の女房になった瀬川改め「瀬以(せい)」(演・小芝風花)に会うことになりますよね。前週までは吉原きっての花魁。今週は市井の女房。この変わり具合が感慨深くてたまりませんでした。市井の女房姿がしっくりしていて、よかったねと思いました。にもかかわらず、蔦重は、またも自分たちの難題を瀬川の夫に頼み込むのかと。この場面、「蔦重、今はそっとしてあげて!」とちょっといいたくなりました。
A:大河ドラマの主人公だからといって、蔦重=ベビーフェイス一辺倒に描かない脚本が好きです。鳥山検校の「瀬以の願いはすべてかなえたい」という鳥山検校の言葉にもジンときますね。伝えられるところでは、金貸し鳥山検校の取り立ては過酷だったといわれています。人間の業のようなものを感じます。
I:当欄で、年に1回は言及している「家族には優しい武闘派やくざ」のような感じということでしょうか。

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ほぼ同時代の検校
I:さて、劇中ではそのような素振りを見せませんが、前述のとおり、鳥山検校は、高利貸しで財をなしたといわれ、その取り立てはかなり過酷だったと伝えられています。
A:ただし、検校がみなそういう利権まみれだったかといえば、そうともいえません。歴史愛好家なら名前を聞いたことがあるかもしれませんが『群書類従』『続群書類従』の編纂に尽力した塙保己一(はなわ・ほきいち)という人物がいます。
I:鳥山検校のすこし後に検校になった人物ですね。
A:『群書類従』は、散逸しかかっていた古典を収集して編纂した事業で、1万冊を超える古典籍の版木をつくり現代に遺す偉業を達成した人物です。
I:東京渋谷の國學院大學の近接地に温故学会塙保己一史料館があって、当時の版木を見学することができますね。温故学会は版木の保存を目的に設立されたもので、2021年大河ドラマ『青天を衝け』でもおなじみの渋沢栄一(演・吉沢亮)も設立にかかわっている歴史ある団体ですね。
A:さて、劇中では、吉原の大門から出て芝居見学をすることも許されぬ女郎らのために、午之助が一肌脱いて美声を披露します。その美声に涙を流す女郎までいました。
I:これだけやってでも吉原のイベントに登場してほしい逸材だったんでしょうね。いったいどれほどの美声だったのか……。そして、ああいう接待はやっぱり効果的だったんだなとも思ったりしました。
A:およそ250年前の出来事です。

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●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ べらぼう 蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
