伊周が壊れる
I:除目で道長の側近の公任(演・町田啓太)と斉信(演・金田哲)は権大納言、行成(演・渡辺大知)は権中納言となりました。既に権中納言であった俊賢(演・本田大輔)を含めて「寛弘の四納言」とも「一条朝の四納言」とも称される面々です。 この除目を受けて、権中納言に昇進した道長嫡男の頼通が、大納言実資(演・秋山竜次)に指南を受けたい旨、話しかけます。実資は一瞬驚いた表情を浮かべながらもまんざらでもない様子で、駒牽(こまひき)、射礼(しゃらい)の儀式次第を指南しようと持ちかけます。
A:ざっくりいうと、駒牽は、地方の牧から貢進された駿馬を天皇の御前で披露する儀式、射礼は弓競技。いずれも宮中行事で、七面倒な儀式次第があったのだと思います。それを一から指南となるとけっこう時間がかかりますから、頼通がやんわりと断ったのは正解だったでしょう(笑)。
I:ここにきて藤原伊周の様子に変化があらわれます。
A:前週描かれましたが、一条天皇(演・塩野瑛久)は伊周を道長と同じ正二位に叙します。大臣職に関しては空枠がありませんでしたが、敦康親王(演・渡邉櫂)を東宮に据えて、その後見に伊周という思惑があったのではなかったかと思われます。
I:だとすれば、道長より8歳年少の伊周は、それほど焦ることもなく、敦成親王や中宮彰子(演・見上愛)、道長らを呪詛する必要がなかったのではないかと思ったりもします。むしろ焦らねばならないのは、道長ではなかったでしょうか。
A:円能という法師陰陽師を中心に呪詛をしていたというのは『栄花物語』などに記されています。実際にそのようなことがあったと喧伝されたのは事実なのでしょう。劇中では、伊周自ら呪詛を行なっている場面が描かれました。父道隆(演・井浦新)存命中に、若くして公卿の座を得て、内大臣まで昇進していただけに、権力闘争に敗れた者の厳しい末路に涙が出る思いです。
I:いったい伊周はどうなってしまうのでしょうか。
美しすぎる藤壺の風景
I:中宮彰子や頼通、頼宗(演・上村海成)の異母兄弟らが藤壺の庭に集い、貝覆い(後年の貝合わせ)を行なっていました。咲き誇る藤が雅な雰囲気を醸し出していて、うっとりしました。
A:藤が咲くから藤壺、梅が咲くから梅壺、桐が咲くから桐壺、梨の花が咲くから梨壺……内裏の典雅な風景に心奪われた人は多かったのではないでしょうか。子供のころ、桐壺や藤壺という記述に初めて触れたとき、その字面からうっかりタコを捕獲するための「蛸壺」を想起してしまいました。不覚にも桐壺、藤壺も蛸壺のような狭くてうす暗い場所というイメージがインプットされたのです。そのころに藤の花が咲き誇る藤壺を映像で見ていたとしたら、もっと違った人生があったのではないかと思ったりしています。
I:この場面の劇伴はマーラー。夢の中のような滑らかな旋律で、どこか厭世的。『ベニスに死す』でも使われていた曲ですが、この選曲にどんな意図が込められているのか気になりました。この美しい光景の背景では、敦康親王、藤原伊周らとの暗闘が繰り広げられていたという暗示なのでしょうか。それとも、和泉式部(演・泉里香)が色目を使ってウブそうな若い貴公子=頼通たちをたじろがせていた雰囲気に合わせたのでしょうか。
敦康親王と敦成親王
I:そうした中で、中宮彰子が再び懐妊し、出産のために里帰りをすることになりました。なんだかんだいって年子の誕生ということになります。敦康親王も心穏やかではなかったでしょうから、あのように甘えてみせたのではないかと思います。中宮彰子は我が子あるいは弟のように敦康親王を可愛がっていました。
A:この段階では、一条天皇も中宮彰子も「敦康親王が次期東宮」という路線であることに疑いなかったのですかね。皇后の生んだ第一皇子が皇位を継がなかった事例はこれまでなかったというのが重要です。とかく先例を重視する貴族社会のなかでは、敦康親王が次期東宮というのが通念だったのではないかと思います。
I:ところが、劇中では、敦成親王が東宮になることが国益にかなうというようなことを道長が主張します。前週から道長が、彰子の第一子をなんとしてでも皇太子にと言うようになり、藤式部も「え??」という表情をしていました。純粋だったはずの道長は、いつからそんな野心的な人に? みたいな顔でした。
A:「人を呪わば穴二つ」とはよく言ったもので、伊周は道長憎しで呪詛を続けた結果、自身をも邪がむしばんでしまっているようでした。9月30日の「あさイチ」に脚本の大石静さんが出演され、「呪詛が自分に返ってきますので」と伊周について語っていました。
I:美しい藤壺の光景とは真逆の呪詛の光景。どちらも平安のリアルを描いているわけですが、そのギャップがそら恐ろしいですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり