「おじさんになって以降、歓声がもらえるとは思わなかったね」
フラは全身を使って自然を表現する。流れるように、ゆったりとした動きが多いのも特徴だ。
「70歳の時に、交通事故で両脚をひかれてしまい、そのリハビリで始めたのですが、まさかこんなに続くとは思いませんでした」とフラ歴約20年の村松功造さん(89歳)は言う。パーキンソン病を患っているといい「手のふるえが、僕にしかできない波の表現につながっていきます」と微笑む。
村松さんは、「1週間に1回、ここで仲間と練習するのが楽しみ」と言い、日々基礎体力の維持に励んでいるという。取材時、高齢男性のダンサーは10人ほどいたが、誰もが「フラを始めて人生が変わった」と語っていた。
会社員としてビジネスの先端に立っていた齋藤健(77歳)さんも、定年でフラの門を叩いた1人だ。「定年後に不得意分野をやるのはいいものです。 自らを初心者の地位に立たせると、さまざまなことを発見し、気持ちが若返る」と言う。
とはいえ、慣れないからこそ、なかなか上達しない。後から始めた人に追い越され、思い通りに動かない体に悔しい思いをしたこともあるという。
「でも、3年もすれば慣れてくるんです。おじさんになってから、“キャー! ステキ!”と歓声を受け、拍手喝采を浴びることなんて、絶対にないじゃないですか。今、私たちが舞台に上がると、嵐のような声援を受けます。フラをやっていなかったら、こんなことはなかったでしょうね」(齋藤さん)
冒頭で紹介した約200万回再生の動画に使われている楽曲『Ka Manu Pikake』は、クジャクのように気取った人の、ある種の「残念さ」を軽快に表現している。「カッコつけているけれど、憎めない人」というのはどの世界にもいることを表現している……と知ってから見ると、さらに理解が深まるだろう。
教室では、元会社員、元公務員、元経営者、大学教授、会社員など、多くの背景を持ち、全く異なる生活をしている人が“ひとりのフラの練習生”として上達を目指して心を一つにする。
心を穏やかに整え、「ああ、ありがとう」と息を吸って吐く深呼吸からレッスンが始まると、ポジティブでピースフルな波動が空間に満ちていく。曲が始まると、皆、微笑みを讃え、充実した表情でフラを踊り始める。その入り口は体力作りやリハビリだったかもしれないが、そこから、豊かな人生と、自分の居場所を手に入れていることがわかる。
「フラは年齢を重ねても踊れるところが魅力。何歳から始めても遅くありません」と、田中さんは微笑んだ。日本人の多くが、ハワイに憧れ、ハワイを旅先や移住先として選んできている。フラを通じて、古来のハワイの精神や歴史、文化、世界観に触れると、新たな人生の扉が開くかもしれない。
お話を伺ったのは……フラダンス教室 ハーラウ・ケオラクーラナキラ主宰 田中 新さん
『天と地をつなぐ 素晴らしきメンズフラの世界』
田中 新 著(KADOKAWA刊)1870円
取材・文 前川亜紀、写真 撮影/齋藤健(集合写真)、広川智基(ステージ、レッスン風景)