2024年4月、Instagramに「メンズフラを踊る集団です。1分だけお付き合いください」という動画が投稿された。この動画は公開からわずか1週間で100万回再生を超え、5か月が経過した今は、200万回に迫っている。
ここで華麗なダンスを披露しているのは、40代以上と思しき“おじさん”たち。眉目秀麗な“イケおじ”ではない。いわゆる“普通のおじさん”が踊っている。この動画の投稿者はフラダンススタジオを主宰する田中新さん。「平均年齢76歳のクラスもあります」という田中さんと、男性ダンサーたちにお話を伺った。
リズム感がなくても始められるフラ
今、男性の間でフラダンスがブームだ。その発信源は、フラダンサーとして活躍する田中 新さんが主宰するフラ教室『ハーラウ・ケオラクーラナキラ』だ。田中さんは、「メンズフラはゆったりと軽やかな動きが特徴です。リズム感がなくても、体が固くても始められる。定年後に始めても踊れるようになりますよ」と言う。
とはいえ、男性のフラダンスと言われてもイメージがわかない。テーマパークやレジャー施設でよく見る、火を使いったダイナミックな動きのダンスを連想すると、「あれはタヒチアンダンスです」と田中さん。男性のフラとは一体どのようなものなのだろうか。早速、平均年齢76歳という「クプナカネ」(高齢者)クラスを見学した。
広い教室には、高齢の男性がズラリ。ストレッチをしたり、おしゃべりをしたり、思い思いに過ごしている。皆が、裸足にTシャツ姿だ。真冬でもこのスタイルを崩さない人が多いのは、フラは全身の筋肉を使うため、すぐに体がポカポカとしてくるからだという。
60歳を超えて、人に頭を下げて「教えてください」とお願いする経験
60歳の時にフラを始めた笹井雅雄さん(77歳)は、フラ歴17年だという。
「仕事をリタイアした時、妻とハワイに行ったんです。その時に、妻から“定年したからと、私にくっついて歩かないでね”と言われて、カチンときちゃって(笑)。だってここまで頑張って仕事をしてきたのに、ひどいじゃない。
僕がショックを受けていると、長年フラを習っていた妻が“一緒にフラダンスをやらない?”とすすめてきた。こっちはびっくりしちゃうよね。“男がダンスをするなんて、みっともない!”とは思いましたが、すぐに、これも出会いであり、とりあえずやってみてから決めようと気持ちを切り替えました。
いざ、やってみると勇ましく優しい動きが多い。その歴史も意味も深くとても面白いんですよ。始めるなら、本気でやろうと思い、1年間、無我夢中で練習しました」(笹井さん)
フラの起源は西暦500年ごろに遡る。ハワイアンは文字を持たず、物事はすべて口伝する。言葉を唱え、歌い、踊って伝承するという歴史が紡がれてきた。
1820年代にアメリカから宣教団がやってくると、フラは弾圧され、やがて禁止される。しかし、カメハメハ王朝の宮廷内などで、フラは密かに受け継がれていたという。
1893年にハワイ王国が滅亡してからアメリカの準州になり、以降、文化も経済もアメリカの支配下に。そんな古来のフラが復活したのは、1970年代。先住民族の復興運動が起こり、失われかけていたハワイ語、伝統的なフラが時間をかけて復興していったのだ。
「ダンスで伝えることは、自然への賛歌。自分がこれまでに見たハワイの景色を、体で表現するという面白さに、気づけばのめり込んでいきました」(笹井さん)
笹井さんは、「60歳になって、人に頭を下げて、教えてくださいと言うのもいい経験。お金を持っていても、世界が広がらなければ面白くないからね」と続けた。笹井さんの妻は、夫の舞台や練習を見学し、フラの先輩として“愛あるダメ出し”をくれることもあるという。
【交通事故で両脚をひかれてしまっても、パーキンソン病になってもフラは踊れる……次のページに続きます】