文・絵/牧野良幸

女優の山本陽子さんが2月20日に亡くなった。81歳だった。

確か同じ2月だったと思うが、テレビの「徹子の部屋」で山本陽子さんが高橋英樹さんと二人で出演されているのを見たばかりだった。その時はステーキの話などをされていて、元気そうだったのに。突然の訃報に驚いた。あらためて山本陽子さんのご冥福をお祈りします。

そこで今回は山本陽子さんを追悼して『黒革の手帖』をとりあげたい。

『黒革の手帳』は1982年(昭和57年)に放送されたテレビドラマである。原作は松本清張の小説で、今日まで何度もドラマ化されているが、山本陽子主演の本作が最初のドラマ化である。

「この手帳で私の人生が変わる、私のお守り……」

昭和銀行津田沼支店の行員、原口元子(山本陽子)は、ある計略を実行することを決意した。元子の手には黒革の手帳があった。

翌日、元子は銀行から7600万円を横領する。元子はベテランの行員で銀行の信頼も厚かったから預金を操作できたのだ。

しかし銀行は警察に届けることができない。元子の黒革の手帳には元子が調べた銀行の架空名義の口座が記されていた。大口預金者の脱税のための口座だ。

元子が逮捕され、このリストが公になっては銀行側も困る。泣き寝入りするしかなかった。元子はまんまと大金を手にすることができたのである。

そのお金で元子は銀座にクラブ「カルネ」を開店する。カルネとはフランス語で“手帳”を意味する。

最初、元子が銀行員として登場するので、金融界のドラマかと思ったが、これは銀座を舞台に人間の欲望を描いたドラマなのである。社会の暗黒面と銀座の風俗をからめた物語だ。

山本陽子は1963年(昭和38年)に日活からデビュー。映画界に入る前は証券会社に勤めていたそうだから、銀行員の姿も板についていると思ったが、やはり銀座のクラブのママの姿が似合っている。清楚で美しいのはもちろんだが貫禄もある。山本陽子は海苔のテレビコマーシャルでもよく見たから、どうしても和服という印象が強い。

しかしこう書きながら、僕は洋服姿の山本陽子も好きなのである。このドラマでも元子が自宅で過ごす場面とか、昼間外出する場面では洋服の姿があり、僕にとっては“萌え”のシーンだった。特に髪をおろした時の洋服姿にはドキドキしてしまう。

和服姿の山本陽子は昭和の大女優の例にもれず別世界の人。でも洋服の山本陽子なら、憧れるくらいは許されるだろうという僕の勝手な心理である。まあ和服であれ洋服であれ、映像の山本陽子には逆らえないのであるが。

『黒革の手帖』に話を戻そう。

カルネを開店した元子だが現実は厳しい。店の経営資金が足りなくなった。元子はカルネの客である産婦人科院長の楢林(三國連太郎)に目をつける。

楢林はカルネの客の中でも派手にお金を使ってくれる客だ。しかし陰でホステスの波子(萬田久子)に入れあげ、高級品やマンションを買い与えている。のみならずカルネのビルの上の階に波子が店を開く資金も出している。

元子にとっては面白くない話だ。元子は波子をクビにした。そして楢林を呼び出し、波子のことを口実にお金をせびるのだ。

「いくら借りたいの? 早く言ってみ」と楢林。

「5千万ですの」

金額を聞いて吹き出す楢林。

「ママ、桁が2つ違うでしょ。50万なら……」

「いいえ5千万。拝借できますわね」

「いいかげんにしろ!」

そこで元子は黒革の手帖を取り出し、楢林の架空名義の口座を読み上げる。

「あんたは私を脅迫するつもりか!」

「5千万は現金でお願いしますね」

楢林は5千万円を渡すしかなかった。もちろん口止め料である。

実際の山本陽子は男っぽい人という話だが、相手に本性をさらしたあとも動じない元子は、清楚な顔だけに迫力がある。楢林でなくとも圧倒されることだろう。

元子の野望はおさまらない。今度は銀座一のクラブ「ルダン」を手に入れて銀座一のママになりたくなる。

元子が次の獲物に選んだのは医学系大学専門予備校の理事長、橋田(ハナ肇)だ。橋田もカルネの客で、元子に下心があったので話に乗る……。

元子が強欲な男たちを手玉にとろうとする展開に、見る者が留飲を下げるかと言えば、もちろんそうではない。お金を得るためなら、罪のない周辺の人まで利用する元子の冷酷さは許されるものではない。

元子は悪女なのである。最初は山本陽子の奇麗さに、海苔のコマーシャルでも見ているような気分でいたが、ドラマが進むにつれて元子が怖くなった。山本陽子が女優だということを忘れてはいけない。

ただそんな元子も安島(田村正和)にだけは心を許す。

安島は政治家の秘書を経て、選挙に打って出ようとしている男だ。田村正和が演じるだけあってカッコよくて優しくて頼り甲斐がある、さらに神秘的と三拍子も四拍子もそろった男だが、松本清張は安島でさえヒーローにはしない。松本清張サスペンスの面白さである。

松本清張サスペンスの面白さと言えば、楢林も橋田も元子にいいようにあしらわれて終わる男ではなかった。この世界では元子より彼らの方が上手なのだ。二人は元子に復讐を計画する。それも闇の権力者の助けを借りて。

はたして何倍返しの復讐になるだろうか。それはドラマを実際に見ていただくことにして、ここでは少なくとも元子は高い代償を払うことになる、とだけ書いて筆を置こう。山本陽子の魅力があふれた『黒革の手帖』。よかったらご覧ください。

【今日の面白すぎる日本映画】
テレビドラマ『黒革の手帖』
1982年1月4日 – 2月8日
放送時間:月曜 22:00 – 22:54(テレビ朝日)
演出:山内和郎
脚本:服部佳
原作:松本清張『黒革の手帖』
出演: 山本陽子、田村正和、 萬田久子、小沢栄太郎、 渡辺美佐子、吉行和子、ハナ肇、三國連太郎、ほか

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
シーディージャーナル

 

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