時の人となった蔦重(演・横浜流星)。(C)NHK

ライターI(以下I):ヒット作を連発して「江戸の利者」と称されるようになった蔦重(演・横浜流星)ですが、相撲見物に打ち合わせに宴席にと、忙しい日々を送っています。生き急いでいる感がしないでもないのですが……。

編集者A(以下A):江戸の人気作家、実力派の絵師を総ざらいするかのように交流して、案思(あんじ)を考え、さらにはプロモーションまで……。おそらく劇中よりも版元間の競争は激しかったと思われますし、蔦重への負荷は相当なものだったでしょうね。それにしても、劇中で登場した力士は日本大相撲協会所属の本物の力士だそうですよ。芸が細かい!

I:『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)を見ていて、やっぱり時代の空気って重要だなと強く感じています。田沼意次(演・渡辺謙)自身、もともとは御三家の紀州藩主だった徳川吉宗が8代将軍に就任した際に、紀州から江戸城に入った家臣のひとり。意次が田沼家を継いだ際は600石でしかありませんでした。

A:それが老中首座ですからね。戦国時代ならいざ知らず、江戸時代にこれだけの出世を果たすというのは異例です。蔦重が吉原の親父たちに育てられた立場から「江戸の出版王」に立身したのも異例といえば異例。そういう「立身を許容する」時代の空気があったんだろうと感じてしまいます。もちろん、意次も蔦重も「希代の人たらし」という側面もあったんでしょうが。

現代人にとって狂歌っておもしろい?

蔦重が作った狂歌指南書『浜のきさご』は武士たちも愛用。(C)NHK

I:蔦重は、『浜のきさご』という狂歌の指南書をいち早く刊行します。もちろん本当は「狂歌集」を出したかったんでしょうが、それは他の版元に先をこされます。

A:天明3年(1783)は狂歌本の刊行ラッシュだったようで、『吉原細見』をパロッたかのように狂歌師を総覧した『狂歌師細見』なんかも刊行されました。そして、今まで気にも留めていませんでしたが、劇中で描かれた「天明狂歌ブームの内幕」をみていると、「天明狂歌の流行」は、ブームが先なのか、仕掛けが先なのかって思ったりしますね。

I:タイミングばっちりの相乗効果ということではないでしょうか。蔦重の刊行した『浜のきさご』は指南書ということですが、箔付けを意識したためなのか、近世初頭の狂歌黎明期の作品にも重きをおいているようです。

A:とはいえ、蔦重の刊行した指南書は「ブームの転換点」になった感がします。指南書を手にした新規参入組が「連」の中に入ってくると、雰囲気が変わりますよね? 多くの初心者が参入すると、指南書を手に「教える人」「教わる人」が出てくるでしょうし。

I:それまでとは、がらっと雰囲気が変わったんでしょうね。おそらく、初期から参加した人の中には、「なんだかめんどくさくなってきた」と抜ける人もいたんでしょうね。

A:さて、この天明狂歌ブームについて、ミネルヴァ日本評伝選『大田南畝:詩は詩佛書は米庵に狂歌おれ』(沓掛良彦著/2007年)の中になるほどと思わせる一節がありました。大田南畝の狂歌作品を紹介した流れで読者に問いかけたくだりです。〈「狂歌が今日の文学の尺度で研究鑑賞に堪えるものではないことは事実といわなければなるまい」という浜田義一郎の言葉を改めて確認、実感したことであろう。なんださしておもしろくもないではないか、こんな狂歌のどこがおもしろくて天明時代の江戸人は南畝を熱狂的にもてはやしたのかわからん、というのが正直な印象であろう〉――。文中に出てくる浜田義一郎というのは、人物叢書『大田南畝』(1963年)の著者になります。

I:なんだか身もふたもない評価ですね(笑)。

A:沓掛良彦先生の『大田南畝』には膝を打つくだりもありました。〈天明狂歌についてもうひとつ贅言を加えれば、ひょっとしたら一番おもしろいのは狂名ではないかとさえ思われる。(中略)狂歌師たちは思い切り勝手かつふざけた狂名を名乗っており、時にはそれが作品以上におもしろいのである〉として、「朱樂菅江(あけらかんこう)」「元木網(もとのもくあみ)」「智恵内子(ちえのないし)」「宿屋飯盛(やどやのめしもり)」「大屋裏住(おおやのうらずみ)」「加保茶元成(かぼちゃのもとなり)」「酒上不埒(さけのうえのふらち)」「大曾礼長良(おおそれながら)」「土師掻安(はじのかきやす)」「垢染衛門(あかぞめえもん)」「寝小便垂高(ねしょうべんたれたか)」「糟斎よたん坊(かすくさいよたんぼう)」「つくつく法師」「普栗釣方(ふぐりのつりかた)」「大飯の食人(おおめしのくらうど)」「臍穴ぬし(へそのあなぬし)」「腹からの空人(はらからのあきんど)」の狂名をあげています。確かに狂名のほうがおもしろいかも(笑)。

I:私はそれでも、湯屋の主人にして、当時のトップ狂歌師として名を連ねた元木網(演・ジェームス小野田)の「あな涼し浮世のあかをぬぎすてて 西へ行く身は元のもくあみ」という辞世は好きですね。ブルーノ・マーズとレディー・ガガ の『Die With A Smile』を聴いたときと同じような風を感じてしまうんです。

A:いずれにしても、この「天明狂歌ブーム」が天明3年のことというのが、なんともいえずに運命のようなものを感じるのですよね。約240年後の私たちが、「ああ、ここが歴史の分岐点か」と感じる瞬間です。

I:狂歌ブームの狂騒は、時代の転換前の前触れだったんでしょうね。それにしても、きっと100年後、200年後の人たちも「平成、令和の人たちは、なんでこんなことに熱狂していたのだろう」ってものがでてきますよね、きっと。そんなことが思い起こされました。

四方赤良という狂名を持っていた大人気狂歌師、大田南畝(演・桐谷健太)。(C)NHK

花魁誰袖と花魁リレー。次ページに続きます

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