
日常会話をしていて、あるいは、文章を書いていて、「あれ、この日本語って合っているのかな?」と思ったことはありませんか。ライターの私ですら、そう思うことがたびたびあります。当然ですよね、言葉は時代とともに変化していくものですから。
NHK放送文化研究所主任研究員・塩田雄大さんの著書『ゆれる日本語、それでもゆるがない日本語』(世界文化社)では、NHKならではの徹底した調査を基にして、迷いがちな言葉についてその意味や現代での使われ方などを解説しています。
今回は、『ゆれる日本語、それでもゆるがない日本語』の中から、「ざるそば」と「もりそば」の違いについて取り上げます。
「もりそば」という言い方には、なじみが薄い人が多い
Q:「ざるそば」と、「もりそば」とは、どう違うのでしょうか。
A:この2つは「違う食べものだ」と考える人がかなりいるのですが、「『もりそば』という言い方にはなじみが薄い」という人も多いのが現状です。
江戸・明治・現代によって区別の解釈が変化
古くは、麺に汁をつけて食べるスタイルのそばは「そばきり」と呼ばれていました。
江戸時代になると麺にあらかじめ汁をかけた状態で供する「ぶっかけそば」(現在の「かけそば」)がはやりはじめ、伝統的な「つけ麺」タイプのものはこれと区別するために「もりそば」と呼ばれるようになりました。これは、せいろや皿に盛られていました。
その後、江戸時代の中期に、ある店が御膳そば(そばの実の中心部分のみを使ったもので、白っぽい)を「ざる」に盛って売り出しました。ここに、「もりそば」と「ざるそば」の共存・すみ分け時代が始まりました。
明治時代には、器が「せいろ・皿」か「ざる」かということのほかに、「ざるそば」のほうにはみりんを加えたコクのある汁を添えることによって「もりそば」とは明確に区別することもあったそうです。
また現代では、「のりがかかっているのが『ざるそば』、かかっていないのが『もりそば』」だと言われることもあります。

一方、アンケートの結果では、「『ざるそば』はよく見かける(『もりそば』はほとんど見かけない)」と、「両方とも見かけるが、それぞれ指すものが違う」という人が、それぞれ同じくらいいることがわかりました。前者の「ざるそば専用派」は【女性・若年層】に多く、後者の「使い分け派」は【男性・非若年層】に多い結果になっています。
また、【関西・中国・四国・九州沖縄】といった西日本では「ざるそば専用派」が過半数、反対に【北海道・関東・甲信越】では「使い分け派」が過半数と、地域差も現れています。
全体的に見ると、「もりそば」が廃れつつある様子がうかがえます。
「もりそば」の話を記してきましたが、話を盛りすぎてしまったところはなかったかと気にしています。
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ゆれる日本語、それでもゆるがない日本語 NHK調査でわかった日本語のいま
著/塩田雄大
世界文化社 1,870円(税込)
塩田雄大(しおだ・たけひろ)
NHK放送文化研究所主任研究員。学習院大学文学部国文学科卒業。筑波大学大学院修士課程地域研究研究科(日本語専攻)修了後、日本放送協会(NHK)に入局。『NHK日本語発音アクセント辞典 新版』などに従事。2011年、博士(学習院大学・日本語日本文学)。著書に『現代日本語史における放送用語の形成の研究』など。2015年からNHKラジオ第1放送『ラジオ深夜便』「真夜中の言語学 気になる日本語」担当。『三省堂国語辞典』の編著者のひとりでもある。
