文/池上信次

2024年は作曲家ヘンリー・マンシーニの生誕100年、没後30年にあたります。グラミー賞20回、アカデミー賞4回受賞の、言わずと知れた映画音楽の巨匠です。映画『ティファニーで朝食を』の「ムーン・リヴァー」、『酒とバラの日々』のテーマ曲は、ジャズ・スタンダードになって多くのジャズ演奏が残されています。

この生誕100年を記念して、トリビュート・アルバム『The Henry Mancini 100th Sessions – Henry Has Company』のリリースがこのほど発表されました(アメリカでは6月21日リリース)。すでに「ピーター・ガン」が先行シングルとして音源とショート映像が公開されていますが、なんとこれはクインシー・ジョーンズとハービー・ハンコック、さらに映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズも参加しているという驚きのセッションです。これだけでもマンシーニの功績の大きさが窺い知れるというもの。さらにアルバムには、スティーヴィー・ワンダーやパット・メセニー、スナーキー・パピーも参加するというのですから、アルバムは「マンシーニ100年祭」という印象です。

マンシーニのオフィシャルサイトには、バイオグラフィー、手がけた膨大な映画とテレビドラマのサウンドトラック・アルバムの紹介、さらにそれぞれのSpotifyプレイリストが用意されています。マンシーニの足跡はそちらを参照していただきたいのですが、1940年代のグレン・ミラー・オーケストラでの活動がマンシーニのキャリアのスタートであるにもかかわらず、そこには「ジャズ」に関する記載はまったくといっていいほどありません。作曲家としての活動がメインであり、またその評価がとても高いために、ジャズ・ミュージシャンとしての活動まで紹介しきれないということなのかもしれませんが、マンシーニの編曲家、バンド・リーダーとしての活動をみると、そこにはいつも「ジャズ」があったのです。

マンシーニは映画音楽の活動と並行して、(映画音楽とは直接関係のない)ヘンリー・マンシーニ・オーケストラ名義のアルバムを多数発表しています。オフィシャルサイトのディスコグラフィーには記載がないのですが、これらがジャズ・ファンにはなかなか見逃せない内容なのです。おもな「ジャズもの」を列記します。名義は、記載のないものはヘンリー・マンシーニ・オーケストラです。


●『コンボ!』(RCA)
ピート・カンドリ(トランペット)、アート・ペッパー(クラリネット)、シェリー・マン(ドラムス)、ジョニー・ウィリアムス(ピアノ/映画音楽家のジョン・ウィリアムズです)が参加。編曲と指揮がマンシーニ(以下すべて同)。1960年6月録音。

●『ザ・ブルース・アンド・ザ・ビート』(RCA)
「ミスティ」「ムード・インディゴ」「スモーク・リングス」などのジャズ・スタンダードを演奏。ジョニー・ウィリアムスがここにも参加しています。1960年2月録音。

●『マンシーニ’67〜ビッグ・バンド・サウンド・オブ・ヘンリー・マンシーニ』(RCA)
「いそしぎ」「ザ・キャット」「サテン・ドール」「チェロキー」「ラウンド・ミッドナイト」などの、いわゆるジャズ・スタンダードをビッグバンドで演奏。そして「ストックホルム・スウィートニン」(クインシー・ジョーンズ作曲)も。1967年録音。

●『シンフォニック・ソウル』(RCA)
なんとハービー・ハンコック作曲の「バタフライ」を演っているのが意外ですが、しかもそこでオルガンを弾いているのがジョー・サンプルなのです。ギターにはデヴィッド・T・ウォーカー、リー・リトナーが参加。リズム・セクションはエイブ・ラボリエル(ベース)とハーヴェイ・メイソン(ドラムス)。フュージョン・オールスターズの趣があります。1975年録音。

●ヘンリー・マンシーニ『ザ・コップ・ショー・テーマ』(RCA)
「刑事もの」テレビ番組テーマ曲集。自作曲である「刑事コロンボ」や、他者作曲のものも演奏したアレンジャーとしての作品。ここでもリー・リトナーやラボリエル&メイソンがフィーチャーされています。1976年録音。70年代に『TVアクション・テーマ・ベスト』というタイトルで国内盤が出ました。


これだけでもマンシーニは「ジャズ」の人と言っていいと思います。ジャズ・ミュージシャンたちがマンシーニの曲を取り上げるのも、彼のジャズ感覚によるところも大きいのでしょう。そもそも、マンシーニが注目されるきっかけとなった、1958年放送開始のテレビドラマ『ピーター・ガン』のテーマ曲「ピーター・ガン」は、ジャズのビッグバンド・サウンドでした。テレビ番組にもかかわらず、サックスのソロをたっぷりフィーチャーしたアレンジからも、もっとジャズの人として評価されるべき人だったのかもしれません。

でも、最初からマンシーニの「ジャズ」にシビれていた人がいました。「スティーリー・ダン」のドナルド・フェイゲンです(スティーリー・ダンはロックにカテゴライズされていますが、彼はジャズ・ミュージシャンですよね)。フェイゲンが2013年に発表した自伝的エッセイ集『ヒップの極意』(ドナルド・フェイゲン著、奥田祐士訳、DU BOOKS刊)では、なんとマンシーニについての1章があります。

「50年代の末と60年代の初頭には、あらゆるところでヘンリー・マンシーニの音楽が流れていた(中略)。多くの人々にとって、彼の音楽は、高い人気を博したデイヴ・ブルーベック・カルテットの音楽と同様、モダン・ジャズへの入口となった。」

こうはじまる「ヘンリー・マンシーニのデラックスな無規範状態」の章には、こんな記述があります。フェイゲンがいかにテレビドラマの『ピータ・ガン』に夢中だったかを語ったあと、「(前略)西海岸にはとても才能のあるプレイヤーが大勢いたので、ぬけ目のないマンシーニはそんな彼らをスタジオに呼んで『ピーター・ガン』のスコアをレコーディングした。ピアノを弾いたのは、のちに映画音楽の巨人となるジョン・ウィリアムズ。スタジオ・バンドのメンバーにはほかに、トランペッターのピート・カンドリ、テッドとディックのナッシュ兄弟(リード楽器とトロンボーン)、ギタリストのボブ・ベイン、ドラマーのジャック・スパーリング、ヴィブラフォン奏者のラリー・バンカーがいた。(中略)実にクールだった。」

フェイゲンは1948年生まれ。『ピーター・ガン』は10代はじめのころ。フェイゲンはマンシーニのレコードを「誇らしげに」購入し、深夜のジャズDJを聴き、『ダウンビート』誌を定期購読し、ケルアックの小説の読破を試みたと続きます。そして「クールのディズニーランドとでも呼ぶべきものを頭の中で築きあげた」。それはお洒落な服装をした腕利きミュージシャンたちが、タバコの煙が漂うスタジオに集まりマイクを囲み、マンシーニから譜面を受け取ると、こともなげに演奏を始めるという風景(長いので引用しませんが、ぜひ原文にあたってください)。そして「ガラスの向こうでは、卓をあやつるエンジニアたちがうんうんとうなずいている。時には黒タイツをはいたホットな娘が、何人か顔を出すことも。」と続きます。

そして、「最近のわたしはピアノの前に座ると、ふとした拍子に「ピーター・ガン」の曲やスウィートなバップ・ナンバーや〈酒とバラの日々〉(コード進行がすばらしい)、いや、時には〈ムーン・リヴァー〉を弾いていることすらある。」といったように、マンシーニから大きな影響を受けていたことを告白しています。フェイゲン、そしてスティーリー・ダンは、優れたミュージシャンを集めて完璧なサウンドをスタジオで作り上げるという制作手法で知られますが、10代のころに想像していたスタジオの風景は、そこに直接つながります。

フェイゲンにとっては「ピーター・ガン」はジャズの原体験であり、ジョン・ウィリアムズにとってはきっと映画音楽の基礎になったとすれば、マンシーニの影響はとても広い範囲に及んでいるといえるでしょう。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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