文/池上信次
今回は、前回(https://serai.jp/hobby/1154585)紹介したデューク・エリントンについての、マイルス・デイヴィスの「名言」について。
すべてのジャズ・ミュージシャンは、ひざまずいてデュークに感謝すべきだ
「ジャズの名言といえばマイルス」というくらいに、とにかくマイルスの「名言」は多く伝えられているのですが、これは読んでそのまま、デューク・エリントンへの賛辞です。「あらゆるミュージシャンが」「年に1日祈る」「感謝を捧げる日をもつべき」などいろんなヴァージョンが伝えられているようですが、細部はともかく、「あの」マイルスの言葉ということで、エリントンの偉大さが強い説得力をもって伝わってきます。
エリントンは1974年5月24日に亡くなりましたが、その翌月、マイルスはすぐに追悼曲を録音しました。曲名は、エリントンの楽曲「ラヴ・ユー・マッドリー」にちなんだ「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」。32分を超える長いトラックです。同年の11月にリリースされた『ゲット・アップ・ウィズ・イット』(当時は2枚組LP/コロンビア)の冒頭に収録されています。見開きLPジャケットの内面右側は「FOR DUKE」の文字だけが記されています。といういきさつがあるので、冒頭の「名言」は、エリントンの死に際してのコメントと思ってしまうのですが、じつは死去のタイミングとは関係のないものなのでした。
これまでマイルスの「名言」紹介で引用してきた『マイルス・デイヴィス自伝』やインタヴュー集では、この言葉を見つけることができなかったのですが、前回で紹介したエリントン関連著作集『The Duke Ellington Reader』(マーク・タッカー編集、Oxford University Press、1993年刊/日本語版なし)に、おそらくこの元となった記述を見つけることができました。
それは、1965年にジャズ評論家のナット・ヘントフが書いたエリントンの紹介記事「This Cat Needs No Pulitzer Prize」です。「cat」はジャズ・ミュージシャンのことですから、「エリントンにピューリッツァー賞は必要ない」という意味の見出しです。おおまかな内容はこんな感じ。
1965年、ピューリッツァー賞の音楽部門の審査員は、同年の授賞該当者はなしと判断(授賞はその年の功績に対するもの)。そこで、エリントンのそれまでの約40年にわたる活動を評価した「特別賞」の授与を理事会に提案します。しかし理事会はそれを却下。そしてその数か月後、ニューヨーク市はエリントンにブロンズ・メダル顕彰を決定し、その授与式で市議会議長が、エリントンに授賞しなかったピューリッツァー賞を批判したこともあって騒動となり、結果的にピューリッツァー賞審査員3人のうち2人が辞任するということになったエピソードを紹介。そしてエリントンの功績が、(賞などとは関係なく)いかにすばらしいものだったかが記述されています。
そしてこう続きます。
「今日のジャズ界の若者たちは、(驚くほど広範囲の音楽に影響を与えている)エリントンを聴き続けています。けっして褒め言葉を使わないトランペッター、マイルス・デイヴィスはこう語っています」(大意)
I think all the musicians in jazz should get together on one certain day and get down on their knees to thank Duke.
(ジャズ界のすべてのミュージシャンが、ある日に集まって、ひざまずいてデュークに感謝すべきだ)
エリントンの死など考えられない時期です。マイルスは、エリントンとの共演こそありませんでしたが(マイルスは、若いころにエリントンのグループに誘われましたが断っています)、ずっとエリントンをリスペクトしていたのです。
そしてマイルスに続く例として挙げられているのが、セシル・テイラーの言葉。
アイデアが見つからないときに、いつも私が参照するのは、色を創造する(create colors)エリントンのコンセプトだ(大意)
セシル・テイラー、エリントンらしさがあふれた一言ですね。これもなかなか捨てがたい。
ちなみに、エリントンの、知る人ぞ知る名言
Fate is being kind to me. Fate doesn’t want me to be famous too young.
(運命は私に親切だ。運命は私が若くして有名になることを望んでいない)
は、このピューリッツァー賞騒動のときの言葉です。これはいろんな解釈で引用され、使われていますが、エリントンは当時66歳ですから、皮肉の言葉なのでしょう。ウンチクの際はご注意ください。
(以上、原文は『The Duke Ellington Reader』より引用。訳は筆者によるもの)
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。