文/池上信次

人名をタイトルに使った曲はジャズに限らず多いですが、歌詞がないジャズ曲の場合は、その名前と作曲者の関係がはっきりと表れてくるので、それがわかると音楽の聴こえ方もまた違ってくるのではないでしょうか。有名どころでは、ビル・エヴァンス作曲「ワルツ・フォー・デビイ」のデビイは2歳の姪、セロニアス・モンク作曲の「ルビー、マイ・ディア」のルビーはガールフレンドの名前、ジョン・コルトレーンの「ナイーマ」は妻の名前、といったものがありますね(ビル・エヴァンスによる人名タイトル曲が特に多いことは第9回(https://serai.jp/hobby/368103)で紹介しました)。そしてこれらのほとんどはファーストネームを使ったものです。タイトルとしてはこれで十分役割を果たしていますし、「ワルツ・フォー・デビイ・エヴァンス」では具体的すぎてタイトルっぽくないですからまあ当然の帰結といえます。しかしなかにはフルネームで、しかも「ソング・フォー◯◯」ではなくそのものズバリの「フルネーム」をタイトルにしてしまった曲もあります。これは、歌詞がないジャズ曲以外にはあまりないと思います。

それが一般人の名前だと説明なしでは意味がわからないことになりますが、ミュージシャンの名前だとつながりがわかりやすいので、今回は「ミュージシャン名フルネーム(だけ)」というタイトルの曲を紹介します。一般的にはリスペクトの意味があると想像しますが、実際はどうなのかな?

まず、もっともよく知られるところでは、マイルス・デイヴィス(トランペット)の『ビッチェズ・ブリュー』(1970年発表/Columbia)に収録されている「ジョン・マクラフリン」があります。これはマクラフリン(ギター)が大活躍する曲だからでしょう。当時アメリカではまだ「新人」だったマクラフリンを紹介する意味もあったのかもしれませんが、マイルスは大胆ですね。一方、マクラフリンもこれの返礼なのか、79年発表の自身のアルバム『エレクトリック・ドリームス』(Columbia)に(マイルスの参加はありませんが)、「マイルス・デイヴィス」という曲を収録しています。また、「ザ・ダーク・プリンス」という曲も収録されていますが、これもおそらくマイルスのこと。当時マイルスは引退状態中でしたので、エールを送ったのかも。

マイルスは「ジョン・マクラフリン」のほかにもいくつも「フルネームだけ」の曲を発表しています。『ゲット・アップ・ウィズ・イット』(74年発表/Columbia)の「エムトゥーメ」はバンドのメンバー、エムトゥーメ(パーカッション)のこと。「マクラフリン」と同様に、彼を大フィーチャーしているからでしょう。同じアルバムには「ビリー・プレストン」もあります。これはビートルズとの共演でも知られるオルガン奏者の名前ですが、アルバム参加はもちろん、マイルスとの共演歴はないようです。なぜビリー・プレストンなのか。70年録音の『アット・フィルモア』と『ジャック・ジョンソン』(Columbia)(ジャック・ジョンソンも人名ですが、曲名ではないので除外)などには「ウィリー・ネルソン」という曲があります(いずれもメドレー内の一部。曲名は後年発表)。ウィリー・ネルソンといえばカントリーの大御所ですが、交流があったのかはこれも謎。さらには80年代半ばには「アル・ジャロウ」という曲をライヴのレパートリーにしていました。これはジャズ・ヴォーカリストのアル・ジャロウのことですが、こちらは当時共演の予定があったとか。86年のライヴ『ザ・コンプリート・マイルス・デイヴィス・アット・モントルー』(Warner Music)で聴くことができます。


チック・コリア『ファーザー・エクスプロレイションズ〜ビル・エヴァンスに捧ぐ』(Concord Jazz)
演奏:チック・コリア(p)、エディ・ゴメス(b)、ポール・モチアン(ds)
録音:2010年5月
ゴメス、モチアンはともに元エヴァンス・トリオのメンバー。しかし意外なことにこれが初共演でした。ちなみにこのアルバムにはエヴァンスの未発表曲も初演奏されています。

チック・コリア(ピアノ)作曲の「バド・パウエル」もよく知られます。チックはゲイリー・バートン(ヴァイブラフォン)との『イン・コンサート』(80年発表/ECM)で発表以来、たびたび録音を残しています。曲想はチックのスタイルですが、偉大な先達パウエルへのトリビュートというものですね。チックによる「人名が入った曲」といえば、ほかには「ワルツ・フォー・デイヴ」(デイヴはブルーベック)などがありますが、「フルネームだけ」はもう1曲あります。タイトルは「ビル・エヴァンス」。2011年発表の『ファーザー・エクスプロレイションズ〜ビル・エヴァンスに捧ぐ』に収録されています。70年代には「ワルツ・フォー・ビル・エヴァンス」(これもフルネームだ)がありましたが、こちらは極めつきということなのでしょう。


ライル・メイズ『フィクショナリー』(Geffen)
演奏:ライル・メイズ(p)、マーク・ジョンソン(b)、ジャック・ディジョネット(ds)
録音:1993年
ライル・メイズ唯一のピアノ・トリオ・アルバム。プロデュースはパット・メセニー。

じつは「ビル・エヴァンス」というタイトルの曲はほかにもあります。パット・メセニー・グループの参加で知られるピアニスト、ライル・メイズのアルバム『フィクショナリー』に収録されています。もちろんこちらはメイズのオリジナル。有名曲でも同名異曲はたくさんありますが、これはなんとかならなかったものかな(メイズが先)。エヴァンスがのちのピアニストたちに多大な影響を与えたのはわかりますが、同じにしなくても……。また『ファーザー〜』に参加している元エヴァンス・トリオのポール・モチアン(ドラムス)は、『ビル・エヴァンス』というアルバムを出しています。こういったのは今後も増えそう。そもそも「ミュージシャン名フルネーム(だけ)」タイトルはネット検索がとても不便なのです。人名に埋もれて検索できないので、今回の紹介は記憶が頼りでした。これはとても面白いので、ほかにもご存じの方がいましたらぜひお知らせください。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

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