鶴丸に与えられた名の衝撃
I:さて、話題を変えます。鶴丸(演・きづき)は、みなしごを引き取って育てていた義時の妻八重(演・新垣結衣)の秘蔵っ子のひとり。泰時(演・坂口健太郎)とも幼馴染で、その後、義時の家人になっていました。その鶴丸に義時が諱(いみな)を与えます。
A:それが、な、な、なんと「平盛綱」。「三谷さん、そう来ましたか!」「そうかー、鶴丸が盛綱かー」と、ちょっとした衝撃を受けています。平盛綱の子孫から、2001年の『北条時宗』で北村一輝さんが演じた平頼綱が出て、さらに1991年の『太平記』でフランキー堺さんが演じた長崎円喜が出ています。ですから大河ドラマファンにとってはびっくりの展開でしょう。
I:そうした中で、いよいよ義時が本性を顕わにしてきます。鶴丸改め平盛綱を御家人に引き上げようと実朝に迫ります。
A:迫るというより、完全に脅しでした。「女性はきのこが好き」程度の勘違いならまだしも、「自分が鎌倉を守る」=「北条が栄える」になってしまっています。すでに義時が相模守、時房(演・瀬戸康史)が武蔵守になっていて、言っていることとやっていることの乖離が著しい様が描かれました。ところで、気になった台詞があります。義時の〈鎌倉に平家ゆかりの者がいる。良いではないか。源氏の世が安泰となった証だ〉という台詞です。鎌倉にいる平家ゆかりのものとは……。意味深です。この件はもう少し寝かせておいて検証したいと思います。
実朝の悩みについて考える
I:1979年の『草燃える』では、実朝が世継ぎをもうけないのは、「源氏」の子をもうけることを忌避したい考えが明かされていましたが、『鎌倉殿の13人』では、実朝と千世(演・加藤小夏)とのやり取りで、実朝がどうも女性を愛することができないことが示唆されました。
A:実朝が和歌を泰時に渡し、返歌を求めた場面で、そのことがより鮮明になりました。源仲章によって、これは恋の歌といわれた時の泰時のハッとした表情が印象的です。本作では、卜籤や呪詛に頼ったり、頼朝の夢枕に後白河院が幾度も出てくるなど、中世の価値観がクローズアップされてきました。ですから、実朝のセクシャリティ描写についても、当時は現代よりもオープンだったと思われますから、「中世の当たり前」を描いていると解釈しています。
I:むしろ、実朝の思いを瞬時に理解できなかった泰時が「鈍感」だったということですよね。私はそんなふうに感じましたが。
A:この時代より少し前、保元の乱で討たれた藤原頼長の日記『台記』には、あけすけに記録されています。本作絡みの登場人物でいうと木曽義仲の実父源義賢とも関係を持ったと記述されていますね。ちなみに藤原頼長は太政大臣を務めた大物で、2012年の『平清盛』では、今回の三浦義村役の山本耕史さんが演じていました。
I:さて、ラストシーンで、頼家遺児で三浦義村が乳母夫を務めている善哉が公暁(演・寛一郎)として登場しました。これまで「くぎょう」とされていましたが、本作では最新の知見を取り入れて「こうぎょう」ということになっています。以前も大河ドラマで浅井長政の読みが「あさい」から「あざい」になったことがありますが、「こうぎょう」は普及するでしょうか。
A:鶴岡八幡宮が「こうぎょう」を採用したら普及は早いのではないですかね。どうなるかわかりませんが。さて、改めて思うことをひとつ。今回は、実朝の和歌が何首も紹介されました。他の御家人をどんどん排斥しようとする義時の動きを踏まえながら、実朝の和歌を眺めていて感じたことがあります。鎌倉で両親を亡くした幼い子どもに出会った時のことを詠んだ実朝の作品をご覧ください。〈いとほしや 見るに涙もとどまらず 親もなき子の母を尋ぬる〉。坂東の気風とは真逆の実朝の優しい感情がストレートに伝わってくる作品です。
I:庶民の子供にも暖かい眼差しで接していたとは驚きです。しかも幕府内の権力闘争からも超越した作品。もし、実朝がこのまま鎌倉殿として政治に臨んでいたら、どうなっていたでしょう。
A:歴史に「IF」を持ち込むのはタブーですが、歴史は違った方向に進んでいたかもしれないですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』、鎌倉歴史文化館学芸員の山本みなみ氏の『史伝 北条義時』などを担当。初めて通しで見た大河ドラマが『草燃える』(1979年)。先日、源頼朝のもう一人の弟で高知で討たれた源希義の墓所にお参りした。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり