「言葉の天才」と呼ばれた永六輔さん。その「言葉」によって、仕事や人生が激変した著名人は数知れない。永さんと長く親交があったさだまさしさんと孫・永 拓実さんが、「人生の今、この瞬間を有意義に生きるヒント」をまとめた文庫『永六輔 大遺言』から、今を生きるヒントになる言葉をご紹介します。
文/永拓実
笑いは武器になる
パーキンソン病、前立腺がん、大腿骨頸部骨折。祖父は晩年、病気や怪我、それに伴う精神的な苦痛にも悩まされました。そのときに繰り返し言っていたのが、「笑うこと」の大切さです。
こんな言葉を遺しています。
“僕はいろんな病気を持っていて、辛いことがいっぱいある。痛かったり、しびれたり。だけど笑っている間は痛くない。笑うということは、弱い人にとって武器になるんです”
そして2011年の東日本大震災後、宮城県を訪れた際の講演の場では、冒頭にこんな話をしました。
“今日は笑い話をたくさん持ってきました。悲しくて、気が重くて、笑ってる場合じゃないと思う方もいらっしゃるけれど、本当は笑いたいんだと思う”
笑っている場合じゃないけど、笑いたい。この言葉を聞いて僕は、ある小説のラストシーンを思い出しました。太宰治の『人間失格』です。
自殺に失敗し、希望もなく、薬に溺れる主人公はある晩、女中のテツに「カルモチン」という睡眠薬を買ってこさせます。しかしそれを飲んでも一向に眠くないうえに、お腹を下してしまいます。
おかしいと思って薬の箱をよく見ると、それは「ヘノモチン」という下剤でした。それに気づいた主人公はなぜか、急に笑い出してしまうのです。
〈自分は仰向けに寝て、おなかに湯たんぽを載せながら、テツにこごとを言ってやろうと思いました。「これは、お前、カルモチンじゃない。ヘノモチン、という」と言いかけて、うふふふと笑ってしまいました。「廃人」は、どうやらこれは、喜劇名詞のようです。眠ろうとして下剤を飲み、しかも、その下剤の名前は、ヘノモチン。〉
太宰は結局、このラストシーンを書き上げてすぐに自殺してしまいました。この作品は別に、ポジティブな意味合いを持って書かれたわけではないと思います。ただ僕を含めて、この作品に勇気づけられた人は少なくないはずです。絶望的状況をすべてひっくるめ、笑う。薬に頼らなくても笑うことで、現実の見え方を一変させることができる。
「笑う」というのは、生存維持とは直接関わりがない、言わば「なくてもいい」機能だそうです。それがわざわざ人間に与えられているのはなぜか。「笑いが武器になるから」と考えるのは、祖父と僕だけでしょうか。
永六輔の今を生きる言葉
辛いことがあっても、笑っている間は気にならない
笑うことは弱い人にとって武器になる
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『永六輔 大遺言』(さだまさし、永拓実 著)
小学館
さだまさし
長崎県長崎市生まれ。1972年にフォークデュオ「グレープ」を結成し、1973年デビュー。1976年ソロデビュー。「雨やどり」「秋桜」「関白宣言」「北の国から」など数々の国民的ヒットを生み出す。2001年、小説『精霊流し』を発表。以降も『解夏』『眉山』『かすてぃら』『風に立つライオン』『ちゃんぽん食べたかっ!』などを執筆し、多くがベストセラーとなり、映像化されている。2015年、「風に立つライオン基金」を設立し、被災地支援事業などを行なう。
永拓実(えい・たくみ)
1996年、東京都生まれ。祖父・永六輔の影響で創作や執筆活動に興味を持つようになる。東京大学在学中に、亡き祖父の足跡を一年掛けて辿り、『大遺言』を執筆。現在はクリエイターエージェント会社に勤務し、小説やマンガの編集・制作を担当している。国内外を一人旅するなどして地域文化に触れ、2016年、インドでの異文化体験をまとめた作品がJTB交流文化賞最優秀賞を受賞。母は元フジテレビアナウンサーの永麻理。