101歳のいまも活躍する現役の日本最高齢ピアニスト、室井摩耶子さん。自分らしく、幸せに生きるコツは、「わたしという『個』、わたしの『心とからだ』の声に従ってきたから」だと言います。そんなマヤコさんの生きる指針をご紹介します。「人生100年時代」と言われるいま、将来の暮らしに漠然とした不安を持っている方のヒントになるはずです。
文/室井摩耶子
「死」は誰にでも平等にやってくる
10歳年下の弟もすでにこの世になく、もう看取る人もいなければ、わたしを看取ってくれる身内はおりません。淋しいですかって? いえいえ、淋しいことはひとつもありません。強がりではありませんよ。わたしがお墓に入ったら、誰がお参りに来てくれるだろうかとか、そんなことを考えなくていいぶん、とても気が楽です。
早くに妹や兄を亡くしているからかもしれませんね。「死」が平等に(いい人であっても悪人であっても)やってくることを知っていますし、それが怖いことでないこともわかっています。どうあがいたところで、いつかはやってくるのですから、そのときはそのとき。
計画がうまくいった試しがない
最近、わたしの周りでも、「家で死にたい」という方が増えてきたように思います。わたしですか?わたしは家でも病院でも、それが老人ホームであったとしても、どこでも構いません。死ぬ場所は問いません。噓偽りなく、そのことへのこだわりが、まったくないのです。
いよいよ身体がまったく動かなくなったら、老人ホームに入るしかないわね、と思っていますが、わたしを入れてくれるところはあるかしら? いざとなったら自宅を売却して……と思っていますが、ただ漠然とそう思っているだけで、家をどうやって売買したらいいか、老人ホームはどのくらいの予算がかかるのか、皆目見当も付きません。
でもいいんです。そういう人生の計画がうまくいった試しはありませんし、なるようにしかなりませんから。
人は記憶から消えゆくもの
自分のことを覚えておいてほしい。そう思う人も多いでしょう。でも、わたしはこのことも関心がありません。死後に語り継がれるなんてまっぴらゴメンです。お墓参りも来てもらいたいと思いません。
もう10年以上前のことになるかしら。ドイツのピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプのピアノが聴きたくなって、レコード店にCDを探しに行きました。大型のショップだったのですが、そのお店には、「ケンプ」という項目も、CDもありませんでした。
クラシックファンの間でケンプといえば、知らない人がいない名ピアニストだとわたしは思っていましたが、「時の流れ」は残酷です。最近では、あのカラヤンであっても、「知らない」という若い人がいるそうです。一世を風靡した世界的指揮者でさえ、時代の記憶から消えていくのです。
いえ、「いま」を演奏してきた音楽家たちは、消えゆく運命なのかもしれませんね。そう考えれば、室井摩耶子が消えていくのも当然のこと。むしろみなさんの記憶の中から、きれいさっぱり消えてしまったほうが潔いかもしれません。恥ずかしいことも忘れてもらえますしね。
考えてもみてください。祖父母の名前まではいえるかもしれませんが、曾祖父母の名を覚えている人がどれほどいるでしょうか。墓名を「〇〇家先祖代々之墓」とするのは、忘れてしまってもお参りしやすいようにした、先人の知恵かもしれませんね。
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『マヤコ一〇一歳 元気な心とからだを保つコツ』(室井摩耶子 著)
小学館
室井摩耶子(むろい・まやこ)
大正10年4月18日、東京生まれ。6歳でピアノを始める。東京音楽学校(現・東京藝術大学)を首席で卒業後、同校 研究科を修了。昭和20年1月に日本交響楽団(NHK交 響楽団の前身)演奏会でソリストとしてデビュー。昭和30年、映画『ここに泉あり』にピアニスト役(実名)で出演。昭和31年にモーツァルト「生誕200年記念祭」に日本代表としてウィーン(オーストリア)へ派遣され、同年、第1回ドイツ政府給費留学生としてベルリン音楽大学(ドイツ)に留学。以後、海外を拠点に13カ国でリサイタルを開催、ドイツで「世界150人のピアニスト」に選ばれる。59歳のとき、演奏拠点を日本に移す。CDに『ハイドンは面白い!』など。平成24年、新日鉄音楽賞特別賞を受賞。平成30年度文化庁長官表彰。令和3年、名誉都民に選定される。101歳のいまも活躍する現役の日本最高齢ピアニスト。