日本全国で進められている発掘調査や木簡などの出土文字資料によって、日本古代史像は日々変貌していきます。
駒澤大学文学部歴史学教授・瀧音能之さんが監修した『新発見でここまでわかった! 日本の古代史』(宝島社)から、最新の調査や研究発表を基に、これまでの常識を覆す「古代日本像」を紹介します。

監修/瀧音能之

外交使節団が天然痘を平城京に持ち込む

藤原不比等(ふひと)の死後、跡を継いだのは4人の子供たちだった。長男の武智麻呂(むちまろ)(南家)、次男の房前(ふささき)(北家)、三男の宇合(うまかい)(式家)、四男の麻呂(まろ)(京家)は、政治の主導権をめぐって皇族の長屋王(ながやおう)と対立。神亀(じんき)6年(729)、長屋王は謀叛の疑いで自害に追い込まれ、四兄弟の妹で聖武(しょうむ)天皇に嫁いでいた光明子(こうみょうし)が皇后となった。

当時、光明子が産んだ基(もとい)親王が夭折し、聖武天皇の男児は別の夫人が産んだ安積(あさか)親王しかいなかった。このままでは外戚(がいせき)の地位を失うおそれがあり、四兄弟が長屋王を謀叛人に仕立てたという説がある。長屋王の死によって政権を樹立した四兄弟は、それぞれ高官について政治を動かした。

しかし、天平(てんぴょう)7年(735)頃からはやり出した天然痘が、四兄弟の政権を終わらせることになる。天然痘は感染症の1つで、7日〜17日の潜伏期を経て発症する。高熱や頭痛などの初期症状が起き、一時的に解熱するが、その後に発疹が全身に広がる。致死率が20〜50パーセントと非常に高く、治癒しても瘢痕(はんこん)(あばた)が残った。

海外から持ち込まれた可能性が高く、最初は九州北部で流行したとみられる。平安時代末期に書かれた歴史書には、「『野蛮人の船』から疫病をうつされた1人の漁師」が感染源であるとしている。

翌年も九州での流行が続き、多くの農民が亡くなった。その頃、阿倍継麻呂(あべのつぐまろ)を団長とする遣新羅使(けんしらぎし)が平城京を出発したが、その道中で随員が次々と発症する。継麻呂も帰国途中で没するなかで一行は平城京へ戻ったが、一緒に天然痘も持ち帰ってしまった。

長屋王による祟りの噂も流れた四兄弟の死

平城京では多くの官人が罹患(りかん)し、朝廷は政務どころではなくなった。その猛威は藤原四兄弟にも及び、天平9年(737)4月17日に次男の房前が最初に亡くなり、7月13日には四男の麻呂、25 日には長男の武智麻呂が亡くなった。残る三男の宇合も8月5日に没し、藤原四兄弟の政権は終焉を迎えた。立て続けに亡くなったので、人々は長屋王の祟りではないかと噂したという。

天然痘は翌年1月に終息したが、日本史の研究者ウィリアム・ウェイン・ファリスの統計では、天然痘による死者数は当時の総人口の25〜35パーセントに達し、100万人から150万人とみられる。政治の実権は右大臣の橘諸兄(たちばなのもろえ)が握り、藤原氏は一時停滞を余儀なくされた。

出典:『新発見でここまでわかった! 日本の古代史』(宝島社)

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瀧音能之(たきおと・よしゆき)
1953年生まれ。駒澤大学文学部歴史学科教授。著書・監修書に『出雲古代史論攷』(岩田書院)、『図説 出雲の神々と古代日本の謎』(青春出版社)、別冊宝島『古代史再検証 蘇我氏とは何か』『日本の古代史 飛鳥の謎を旅する』『ビジュアル版 奈良1300年地図帳』『完全図解 日本の古代史』『完全図解 邪馬台国と卑弥呼』、宝島SUGOI文庫『日本古代史の謎』、TJMOOK『最新学説で読み解く 日本の古代史』、TJMOOK『日本の古代史 発掘・研究最前線』(すべて宝島社)など多数。

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