夏が来れば思い出す……のはなんでしょう? 現在50代以上のジャズ・ファンにとっては、まず第一に上がるのが「ジャズ・フェスティヴァル」ではないでしょうか。

近年はめっきり少なくなってしまいましたが、全国各地の広い野外会場で行なわれたジャズ・フェスティヴァルは、ジャズ・ファンでなくてもまさに夏の風物詩でした。毎年ワクワクして、その開催を楽しみにしていたものです(よね?)。ジャズ・フェス全盛期といえるのは1970年代の後半から90年代初頭あたりで、有名なものは東京と全国の大都市で行なわれていた『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ』(1977〜92年)、長野県の斑尾高原での『ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾』(1982〜94年、98〜2003年)、そして山中湖畔での『マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル』(1986〜96年、会場を移して2002〜04年)といったところでしょうか。いずれもフェスならではのスペシャル・プログラムが組まれ、毎回多くのファンが詰め掛けていました。

そこではたくさんの「名演」が生まれたわけですが、なかでも「伝説」として語り継がれているライヴがあります。それは1979年の『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ』での『ザ・V.S.O.P.クインテット』(以下V.S.O.P.)のステージ。

V.S.O.P.のメンバーは、フレディ・ハバード(トランペット)、ウェイン・ショーター(テナー&ソプラノ・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)。名前は『Very Special One-time Performance』の意味で、1976年のハンコックのコンサート(ニューポート・ジャズ・フェス)のために「1回限り」で企画されたもの。もともとは1960年代マイルス・デイヴィス・クインテット再結成の予定でしたが、マイルスのドタキャンでこのメンバーに。しかし、それがかえって好評で活動が継続されました。この年の来日は前年に続く2度目で、当時はたいへんな人気でした。

会場は東京・大田区田園調布の『田園コロシアム』で、ここはテニスなどで使われる屋外スポーツ施設ですが、当時はコンサートでもよく使われていました。同会場では5日間連続で『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ』が開催されたのですが、伝説となったのは7月26日(木曜日)のステージ。この夜はV.S.O.P.の単独公演でした。なぜこれが「伝説」になったのかというと、その理由は「大雨」。開始前から、今でいうゲリラ豪雨が会場を直撃、「雨水が通路に川のように流れる」「パンツまで全身ずぶ濡れ」(観客の証言:取材は筆者)だった状況にもかからわず、帰ろうとしないお客さんの熱意に応えてステージは決行され、メンバーも雨に濡れながら大熱演。かくしてそれが名演となり、ステージは「伝説」となったのでした。

しかし「伝説」といわれる理由は、そのストーリーだけではありません。「音源が残っていたから」です。音で追体験できたからこそ、伝説がリアリティを持てたのです。現在その「伝説」を聴けるCDは下記の3種類あります。

1)V.S.O.P.『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ』(ソニー/1979年LPリリース)
2)V.S.O.P.『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ伝説』(ソニー/1992年リリース)
3)V.S.O.P.『Live Under The Sky』(Columbia/アメリカ盤/2006年リリース)
演奏:ザ・V.S.O.P.クインテット[フレディ・ハバード(トランペット)、ウェイン・ショーター(テナー&ソプラノ・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)]

いずれもCD2枚組で、その夜のステージの全曲を収録しています。1)はオリジナルの2枚組LPのCD化。2)は曲順を実際の演奏順に並べ替え、MCも完全収録したもの(ハンコックの雨に関するジョークもたっぷり)。MCの間にははっきりと雨音が聞こえ、その豪雨の様子が伝わります。演奏は「伝説」どおり大名演といえるもの。現場ではもっと熱く感じられたのだろうな、と想像しながらCDを愛聴していたのですが、ある時、ちょっと考えが変わりました。

それは2006年、アメリカ盤CD『Live Under The Sky』を聴いたときでした。それまでこのアルバムは日本だけのリリースでしたので、たんなる再発(アメリカでは初発売)と思っていましたが、なんと内容が違っていました。いや、演奏が違うのではなくて「増えて」いたのです。増えたのは、もう1回分のステージ。じつはV.S.O.P.は「伝説」の翌日の7月27日にも同じステージに立っていたのです。演奏曲目もアンコールを除いて同じです。「伝説」に隠れてしまって翌日にもステージがあったことなど想像もしませんでした。そして内容もまったく遜色ない熱い演奏なのです。考えてみれば、トップ中のトップ、プロ中のプロ集団であるV.S.O.P.は、雨だろうが晴れだろうが「ハズす」はずないのです。さらに調べてみると、この年の『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ』は、渡辺貞夫+エリス・レジーナや特別編成のチック・コリア・グループなど、伝説になりうる『V.S.O.P.』なバンドが連日出演していたのでした。

というわけで、「伝説」になるための条件とは、まず「記録」されていること、そして「ドラマチックな状況」という、じつは音楽そのものとはちょっと離れた要素が重要であるというのが、今回の結論。いや、もちろんこのV.S.O.P.の演奏はすごいのですけど。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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