前回、マイルス・デイヴィスの1981年カムバック以降の変化として、「歌伴」活動を紹介しましたが、目立った変化はそれだけではありませんでした。マイルスは歌伴以外にも、「共演」「客演」を積極的に行ないました。

チャーリー・パーカーのバンドから独立してリーダーとして活動を始めてから、1975年の活動停止までの約30年間、マイルスは他者のアルバムに参加することはありませんでした。厳密には、「枯葉」の名演で知られるキャノンボール・アダレイの『サムシン・エルス』(ブルーノート)がありますが、それは形式的なもの。誰もが「マイルスの〈枯葉〉」と認識しているとおり、契約上の理由からキャノンボールを名義上のリーダーとしていただけで、実質はマイルスのアルバムでした。

モダン・ジャズの時代を生きたジャズマンで、マイルスのように「共演しない」人は、たいへん珍しい存在といえるでしょう。そんなマイルスでしたが、カムバック後は(前回紹介の)歌伴だけでなく、他者のアルバムにも時おり参加しました。


キャメオ『マチズモ』(マーキュリー)
演奏:キャメオ[ラリー・ブラックモン、トミ・ジェンキンズ、ネイザン・レフトナント]、マイルス・デイヴィス(トランペット)、ケニー・ギャレット(アルト・サックス)ほか
録音:1987-88年
キャメオは1970年代半ばより活動するファンク・バンド。たびたびメンバー・チェンジをくり返し、マイルスと共演当時の88年は3人のユニットだった。

マイルスがゲスト参加したアルバム(インスト)は……
1)TOTO『ファーレンハイト』(コロンビア/1986年録音)
2)キャメオ『マチズモ』(マーキュリー/1988年発表)
3)クインシー・ジョーンズ『バック・オン・ザ・ブロック』(ワーナーブラザーズ/1989年発表)
4)ケニー・ギャレット『プリズナー・オブ・ラヴ』(ワーナーブラザーズ/1989年録音)
5)パオロ・ルスティケリ『カプリ』『ミスティック・マン』(ヴァーヴ・フォーキャスト/1989年録音)
(トランペットのサンプリングをフィーチャーしたものはのぞく)


ふつうに考えると、大物を「スペシャル・ゲスト」で呼んだとしても、当然それはあくまでゲストであり、そこにいる「主役」は主役の座にいて、ゲストはそれを盛り上げたり引き立てたりする役回りです。しかし興味深いのは、マイルスの場合、ゲスト参加がことごとく「主役=マイルス・デイヴィス」になってしまっていることですね。もちろん歌伴の例でもわかるように、マイルスの強烈な「存在感」が主役を霞ませるということはあるのですが、これらの多くが、いや、全部がそれ以前に「マイルスのためにお膳立てされた」演奏なのです。

たとえば、TOTOの『ファーレンハイト』は、ヴォーカル入りのロック・サウンドにもかかわらず、マイルス参加の1曲のみがインストでジャズ・ビート、マイルスのアルバムの1曲といわれても違和感のないサウンドになっています(マイルス参加曲「ドント・ストップ・ミー・ナウ」)。ケニー・ギャレットの『プリズナー・オブ・ラヴ』は、参加メンバーはケニーをはじめ、ほとんどがマイルスのグループなので、「親分」の色になるのは当然。キャメオは、やっている音楽スタイルがマイルスに近いこともあり、またケニー・ギャレットとともに参加なので、まったくのマイルス・サウンド。「キャメオをバックバンドにした、マイルスのトラック」(に聞こえる)という、文字通りの主客転倒状態なのです(マイルスは「イン・ザ・ナイト」1曲に参加)。

クインシーの『バック・オン・ザ・ブロック』では、マイルスは「ジャズ・コーナー・オブ・ザ・ワールド」と「バードランド」のメドレーに参加。この曲は「1曲でジャズの歴史を振り返る」ドラマ仕立てのコンセプトで、マイルスはその象徴として登場します。そう、「マイルス=ジャズの歴史」であり、マイルスをフィーチャーすることは、ジャズへの敬意の表現なのです。ですから脇役なんてもってのほか、マイルスのために舞台を用意し、最大限のおもてなしをするのは当然なのです。歌伴で紹介したスクリッティ・ポリッティもそうですね(でもバンド・メンバーのケニーの場合はのぞく。これはボスからのサービスかな)。

また面白いのは、以前と変わらずジャズマンとの共演はないこと。たとえば、ハービー・ハンコックやウェイン・ショーター、キース・ジャレットといった大物実力者たち(いずれマイルス・バンド出身ですね)との共演なら、またそこからジャズが新たに進展したかもしれないでしょうが、おそらくそこはあえてやらなかったのでしょう。カムバック後のマイルスは、「ジャズの象徴」としての自覚と存在感を優先させた、ということでしょうか。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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