取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

「“ごんげん蒸し”が上手にできれば、一日気分がいい」という歌舞伎役者の健康は、自らが腕を振るう朝食が支えている。

【中村歌六さんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、ご飯、野蕗のきゃらぶき、煎り豆腐(人参)、鶏そぼろ、漬物(胡瓜と人参の糠漬け・壬生菜・刻み沢庵)、焼き海苔、ごんげん蒸し、大根おろし(葱・鰹節・胡麻)、納豆(葱)、絹さやの浸し(鰹節)、味噌汁(豆腐・若布・葱)、中央右は焼き鮭、左は蒲鉾と山葵漬け。今朝は小鉢に盛っているが、常備菜のきゃらぶきや煎り豆腐、鶏そぼろ、加えてごんげん蒸しなどは大皿で登場し、取り分けていただくことが多い。絹さやは昨夜の残りを浸しに。蒲鉾は、山葵漬け(静岡『野桜本店』の激辛口)をつけて食す。焼き海苔は東京・品川の『みの屋海苔店』のものを愛食。焼き海苔とごんげん蒸しの器の模様は、定紋である揚羽蝶。

前列中央から時計回りに、ご飯、野蕗のきゃらぶき、煎り豆腐(人参)、鶏そぼろ、漬物(胡瓜と人参の糠漬け・壬生菜・刻み沢庵)、焼き海苔、ごんげん蒸し、大根おろし(葱・鰹節・胡麻)、納豆(葱)、絹さやの浸し(鰹節)、味噌汁(豆腐・若布・葱)、中央右は焼き鮭、左は蒲鉾と山葵漬け。今朝は小鉢に盛っているが、常備菜のきゃらぶきや煎り豆腐、鶏そぼろ、加えてごんげん蒸しなどは大皿で登場し、取り分けていただくことが多い。絹さやは昨夜の残りを浸しに。蒲鉾は、山葵漬け(静岡『野桜本店』の激辛口)をつけて食す。焼き海苔は東京・品川の『みの屋海苔店』のものを愛食。焼き海苔とごんげん蒸しの器の模様は、定紋である揚羽蝶。

味噌汁の味噌は3種類を合わせる。手前から時計回りに、仙台味噌、甘味噌、信州味噌。この他、京都の西京味噌や九州の麦味噌を使うこともあるが、3種類が定番。味噌は、デパートの地下で量り売りのものを自ら購入してくる。

味噌汁の味噌は3種類を合わせる。手前から時計回りに、仙台味噌、甘味噌、信州味噌。この他、京都の西京味噌や九州の麦味噌を使うこともあるが、3種類が定番。味噌は、デパートの地下で量り売りのものを自ら購入してくる。

物心つくかつかない頃から、歌舞伎座(東京・銀座)が学びと遊びの場であった。

「祖父に手を引かれて毎日、旧歌舞伎座に通いました。楽屋で化粧や着付けを見たり、奈落を探検したり、かくれんぼをしたり。悪戯書きをした場所も覚えていました」

と、歌六さんは当時を懐かしむ。

昭和33年、『伽羅先萩』で祖父の三世時蔵の政岡と、その子千松で共演。歌六さん8歳の頃。祖父は初孫の進一少年を可愛がり、孫と共演したいがために、子役が出る演目を選んだという。

昭和33年、『伽羅先萩』で祖父の三世時蔵の政岡と、その子千松で共演。歌六さん8歳の頃。祖父は初孫の進一少年を可愛がり、孫と共演したいがために、子役が出る演目を選んだという。

祖父の自宅で、叔父の俳優・萬屋錦之介とチャンバラごっこをする。「銀幕では絶対に切られない叔父が切られてくれるのが面白く、よく遊んでもらいました」と歌六さん。

祖父の自宅で、叔父の俳優・萬屋錦之介とチャンバラごっこをする。「銀幕では絶対に切られない叔父が切られてくれるのが面白く、よく遊んでもらいました」と歌六さん。

歌舞伎の名門、播磨屋の家に生まれた。祖父は女形の名優・三世中村時蔵、曾祖父は上方生まれの三世歌六。昭和30年、5歳で初舞台。小川進一少年は、四代目中村米吉となった。だが、父の二世歌昇(追贈・四世中村歌六)は体を悪くし、若くして歌舞伎を廃業。歌六さんが22歳の時に亡くなった。

後ろ盾を失くした歌六さんを、先輩役者が支えてくれた。

「特に十七代目の中村屋のおじさん(大叔父の勘三郎)が、“お前を一人前にしないと貴智雄(父の本名)に顔向けができねえ。一人前になれねぇんなら死んでくれ”と、指導してくださいました」

歌舞伎界の陰の立役者といわれた祖母の小川ひな、叔父の俳優・萬屋錦之介や中村嘉葎雄の存在も大きかった。全く性格の異なるふたりの叔父の引き出しから、多くを盗ませてもらったという。

昭和56年、五代目中村歌六を襲名。口跡の良さと歯切れのいい科白、役の性根を押さえた陰翳ある演技が舞台に奥行きをもたらす。読売演劇大賞優秀男優賞、芸術選奨文部科学大臣賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など、数々の受賞歴がその確かな演技を物語っていよう。

小川家伝統の“ごんげん蒸し”

歌六さんの朝は早い。午前5時頃に目覚め、寝床で朝食の献立を考えることから一日が始まる。

「60代に入って早起きになり、時間があるので朝食は僕が作るようになりました。基本的には和食の献立で、ちょっと自慢できるのが卵料理。小川家伝統のごんげん蒸しや、オムレツが上手にできた日は、一日中気持ちがいいですね」

小川家に代々伝わる“ごんげん蒸し”。ばあやの味で、卵に出汁と調味料を入れ、ひたすら空気を入れながらかき混ぜ、蒸し焼きにする。「オムレツや卵焼きなど朝の卵料理のひとつで、わが家では私しか作れません」と歌六さん。

小川家に代々伝わる“ごんげん蒸し”。ばあやの味で、卵に出汁と調味料を入れ、ひたすら空気を入れながらかき混ぜ、蒸し焼きにする。「オムレツや卵焼きなど朝の卵料理のひとつで、わが家では私しか作れません」と歌六さん。

魚も自分で捌く。神奈川県・油壷に叔父・萬屋錦之介の別荘があり、度々遊びに行くうちに自然と下ろし方を覚えたという。

「料理を習ったことはなく、見様見真似で覚えました。昨夜の刺身が“づけ”となって朝食にのぼることもあります」と歌六さん。

「料理を習ったことはなく、見様見真似で覚えました。昨夜の刺身が“づけ”となって朝食にのぼることもあります」と歌六さん。

家族揃って、食いしん坊を自認。朝食といえども、多種類あるほうが嬉しいと、恵子夫人手作りの常備菜も並ぶ。「与えられたお役を真摯に務めたい」という歌六さんの健康を、朝食が支えている。

朝食は午前8時頃。普段は恵子夫人、息子ふたりの家族4人揃って食卓に着くが、今朝は長男の米吉さんとふたりで。昼は蕎麦などの麺類、夜は夫人の家庭料理が決まり。

朝食は午前8時頃。普段は恵子夫人、息子ふたりの家族4人揃って食卓に着くが、今朝は長男の米吉さんとふたりで。昼は蕎麦などの麺類、夜は夫人の家庭料理が決まり。

敵役や老け役を演じて当代随一、播磨屋の芸を伝承する

『梶原平三誉石切』(今年6月の歌舞伎座)の衣装で。米吉さんは六郎太夫の娘・梢に大抜擢され、親子共演となった。歌六さんの鏡台は、歌六襲名時に誂あつらえたもの。米吉さんのそれは、歌六さんが長年使っていたお下がり。

『梶原平三誉石切』(今年6月の歌舞伎座)の衣装で。米吉さんは六郎太夫の娘・梢に大抜擢され、親子共演となった。歌六さんの鏡台は、歌六襲名時に誂あつらえたもの。米吉さんのそれは、歌六さんが長年使っていたお下がり。

声高に芸談を披露することはないが、歌六さんは現代の歌舞伎界を代表する立役のひとりであろう。主役を演じるわけではないが、主役に対峙する重要で大きな敵役や老け役を演じて、この人の右に出る者はいまい。

歌舞伎座の楽屋で『梶原平三誉石切』の六郎太夫の顔を拵こしらえる歌六さん。「映像と違って歌舞伎では細かいところより遠目に映える化粧をします」と、みるみる老け顔に変わる。

歌舞伎座の楽屋で『梶原平三誉石切』の六郎太夫の顔をこしらえる歌六さん。「映像と違って歌舞伎では細かいところより遠目に映える化粧をします」と、みるみる老け顔に変わる。

さて、9月の歌舞伎座は「秀山祭」である。「秀山」とは初代中村吉右衛門の俳名で、初代の生誕平成18年に始まったという。

「今年の秀山祭は、曾祖父・三世中村歌六100回忌の追善興行でもあります。感慨深いですね」

名優の誉れ高い三世歌六は、初代吉右衛門、三代目時蔵、十七代目勘三郎の父である。その歌六の当たり役のひとつが、『伊賀越道中双六・沼津』の雲助平作だ。

『伊賀越道中双六・沼津』で雲助平作を演じる歌六さん(平成25年、歌舞伎座)。しみじみとした滋味に愛嬌があり、人間のもつ切なさをしっかり描き上げた。写真/渡辺文雄

『伊賀越道中双六・沼津』で雲助平作を演じる歌六さん(平成25年、歌舞伎座)。しみじみとした滋味に愛嬌があり、人間のもつ切なさをしっかり描き上げた。写真/渡辺文雄

「その昔は、初代吉右衛門のおじさまの呉服屋十兵衛に曾祖父・歌六の平作でした。今年の秀山祭の昼の部では、吉右衛門にいさんと僕とでこの播磨屋ゆかりの演目を、夜の部では播磨屋の家の芸でもある『松浦の太鼓』の松浦侯を、初役にて務めさせていただきます」

播磨屋の芸を伝承しつつ、新しい「歌六」を模索する。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

※この記事は『サライ』本誌2019年9月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

 

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