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  1. オリックス・リビング社長、森川悦明氏。「グッドタイム リビング センター南」にて撮影。

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蟹瀬誠一さん/ジャーナリスト、キャスター(64歳)【達人たちの「ワタシの、センタク。」第9回】

「三島事件が、ジャーナリストへと導いた」

昭和史に刻まれる「三島事件」をきっかけに、ジャーナリストの道をセンタク。自らに定めた10年ごとのプランに基づいた、人生の歩みを語る。

 

01_D6B8818←かにせ・せいいち 昭和25年、石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、AP通信社やAFP通信社記者を経て、『TIME』誌東京特派員として帰国。その後、TBS『報道特集』など日本のテレビ界に転身。明治大学国際日本学部教授として教育者の顔ももつ。著書多数。

 

蟹瀬誠一さんは7年前、長野県軽井沢にウィークエンドハウスを建てた。別荘ではなく本宅である。
「私は留学や通信社勤務で、けっこう海外で暮らしてきた。向こうではごく普通のサラリーマンが、週末を過ごす家を持っている。私も50代になり、自然とともにある暮らしを選びました」
蟹瀬さんには、10年ごとの人生プランがあるという。各年代の人生軸にもなるイメージだ。それは10~20代は若さを発揮して「美しく」、30代は仕事や家庭での責任に耐えうるように「強く」、40代は強さに「賢く」が加わる。そして50代は心の「豊かさ」、60代は「健康に」だ。軽井沢への移住は、50代の豊かさを実践したものだ。
顧みれば、ほぼ人生軸のイメージ通りに歩んできた。画家志望の10代。美術大学受験に失敗し、好奇心だけから選んだ大学の新聞学科。合格はしたものの新聞記者を志したわけではない。
ある事件が起きたのは将来の目標がまだ定まらぬ昭和45年、大学1年の時だ。「三島事件」に出遭う。作家の三島由紀夫が東京・市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した事件だ。
「『なぜだ』という思いが、私をジャーナリストの道に向かわせました。今も、『なぜ』がジャーナリズムの原点だと思っています」
大学卒業後、外国の通信社記者を経て、『TIME』誌東京特派員に。その後は日本のテレビ界に転身、キャスターの道を選ぶ。この間には地獄を見るような体験もした。それは平成5年のこと。ロシア取材中にエリツィン大統領改革派と保守議会派の銃撃戦の真っ直中に紛れ込んだのだ。
「その映像リポートはスクープとなりましたが、人間いつ死ぬかわからない。この出来事を境に長期的な目標は立てないと決めました」
だが、前述したように、10年ごとの人生プランはある。蟹瀬さんの70代、80代の人生軸には、どんな言葉が連なるのだろう。

02_TIME誌東京特派員89年←平成元年、『TIME』誌東京特派員時代の蟹瀬さん。3年ごとに職場環境を変えるのが信条で、ここも3年で辞め、テレビキャスターの道を選んだ。

 

 

 

 

03_軽井沢自宅 04_ゴルフ2
↑50代半ばで心の豊かさを求めて軽井沢に移住。東京まで新幹線で1時間という利便性、四季折々の自然、文化度の高さも魅力だ。ゴルフ場も近く、週末には夫妻で趣味のゴルフを楽しむ。

 

●3年リニューアル説や37歳での留学、キャスターへの転身理由など、こちらでご紹介しきれていない興味深い話は「ワタシの、センタク。」のウェブサイトで公開中です。 

ワタシの、センタク。
http://towa-sentaku.jp/anohito/sarai/

提供/東和薬品

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