誰にでも訪れる“老い”。人はいつまでも永遠に生きることはできません。限りある命とどのように向き合うのかは、“老い”を感じ始めると誰もが直面する問題です。
累計12万部を突破した『50過ぎたら、ものは引き算、心は足し算』シリーズの著者、沖幸子さんはちょっとした工夫や、考え方を変えることで、老化現象と仲良く付き合いながらも、心は青春時代を取り戻すことはできると語っています。最新作『初めての“老い”を上手に生きる』では、自らの体験に基づいた「若返り」術を公開。いたずらに“老い”に怯えるのではなく、制約や義務がなくなるシニアライフを豊かに楽しむ生活を提案しています。
今回は『初めての“老い”を上手に生きる』から、いかに物欲を断ち切るか、物欲との上手な付き合い方をご紹介。家のものを減らすのが苦手な人はもちろん、自分好みのものに囲まれた生活をしたい人にもおすすめです。
文/沖幸子
物欲との闘い
大げさかもしれませんが、凡人の人生は、物欲との闘いの歴史かもしれません。
日本の家には、なんと、2万個以上のものがあるそうで、それが「老人生活」を悩ませている原因の一つにもなっているようです。
欲しいと思うものを買い続け、年を重ねた分、“人生の垢(あか)”とともに、ものも溜まってしまった結果です。
タンスやクローゼットの中には、衣類やものが“ぎゅうぎゅう”に詰められ、挙句は、貸倉庫まで借りたり、ベランダにロッカーまで置いたりする始末。
こうなれば、在庫のリストを作っても、どこに、何が、どれだけあるのかを忘れ、また同じものを買ってしまい、よぶんなものが増え続けるという悪循環をくり返すばかりです。
老人は、“亀の甲より年の劫”。
人生の大半を過ぎれば、ある程度は自分の好みをはっきりさせることです。
たとえば、家具は木製で色はブラウン、壁にかける絵は植物か風景画とか。
壁の色は、白に近いグレー、これは部屋が広く見える効果があります。
などなど、どんなものにもなぜそれを選んだのか、理由付けしてみるのです。
やがて、自分の趣味や嗜好がはっきり見えてくるかもしれません。
短い人生のさらに残り少なくなった「老人生活」。
これからは、“余分なものを買い求める労力もお金も無駄、これ以上ものを増やしたくない”と思うようになれば、もの減らしの第一歩に近づくはずです。
無理なく、ものを減らす!
「老人生活」最後にして最大のテーマは、これからものを増やさないこと。
心得は三つです。
〇一つ買ったら、一つ処分する
〇買うときは何に使うか、どこにしまうかを考える
〇欲しいからではなく、今の生活スタイルに合うかどうか
幾つになっても何か買うことで、精神が安定することもあるようです。
“孤独感がいっぱいで、ものを買うことで癒される”とテレビショッピングでの顧客は高齢者が多いとか。
とくに、今すぐならお得! などと時間制限のついた買い物は要注意です。
ものを買うことで寂しさが癒されても、一時的なこと。
繰り返される寂しさに、ついまた買ってしまうという悪循環で、ものが増え続ける。
そんなとき、その場ですぐ買わず、いったん保留にして数日置く。
店での買い物も同じ、買いたい衝動に駆られたら、いったんその場を離れ、お茶でも飲む。
それでも欲しいと思うなら、帰宅して冷却期間を置くことです。
私の経験でも、あれほど欲しかったもののほとんどが、“買わずによかった!”に変身します。
食料品の買い出しは、必ず、お茶とせんべいかクッキーを口に入れてから出かけることが鉄則。空腹なら、余分な食料をあれもこれも余分に買いたくなる。
これはドイツも日本も共通のおばあちゃんの知恵です。
最近、中国でも物価高で、その節約術に、余分なものを買うので、“買い物は空腹では出かけない”とわざわざテレビで実演までしていたのには、“日本の誰かの本に書いてあったなあ”と笑ってしまいました。
どんな家に住むにしても、ものが整理整頓され、掃除がしやすいこと。
清潔で快適な住空間は、年齢に関係なく大切なことです。
引っ越しをするにしろ、今の家に住み続けるにしろ、まずは計画的に、無理なく、少しずつ片づけましょう。
家中くまなくチェックし、不用品をすべて“退治する”には、かなりの勇気とそれなりの覚悟が必要です。
“もったいない”“思い出がある”“いつか使えるかも”などの邪念が生まれ、必要でないものほど、それなりのこだわりがあるので厄介です。
ものにこだわる人には、執着心が邪魔になり、なかなか勇気の一歩が踏み出せません。
“必要なものしか”置いていない森の山荘は、減らすものがなく、快適です。
“人は家に支配されている”というソローの言葉は、“なるほど”と思いながら、でも、ガラクタに囲まれた都会の家に戻ると、ものが“そこそこ”あったほうが、便利で安心感に包まれるのも事実です。
まず、“家に所有されず、支配されない”ためには、住む家のスペースにものの数を合わせ、今の住まいを整理整頓することから始めるのがおすすめです。
沖 幸子(おき・さちこ)
兵庫県生まれ。生活経済評論家。家事サポートサービス「フラオ グルッペ」代表。大学客員教授(起業論)や経済産業省、厚生労働省などの政府審議会委員も務める。
神戸大学卒業後、ANA、洗剤メーカーを経て、ドイツ、イギリス、オランダで生活マーケティングを学び、グローバルな視点を持つ暮らしのデザイナー・女性起業家として、メディアで活躍。「掃除界のカリスマ」として知られ、家
事や暮らしが楽しくなる数々のエッセイや評論を執筆している。
著書は、『ドイツ流 掃除の賢人』(光文社)、『50 過ぎたら、ものは引き算、心は足し算』(祥伝社)、『60 からは 喜びはかけ算 悲しみは割り算』(世界文化社)、『70 過ぎたら あるがまま、上手に暮らす』(祥伝社)など多数。