文/印南敦史

誤解を招く可能性もなくはないので、まずは念のため、最初にお断りしておきたい。

『わがまま養生訓』(鈴木養平 著、フォレスト出版)の冒頭や文中には、アラフィフの女性を主人公にしたマンガが掲載されており、冒頭「はじめに」の文章も大人の女性に向けて書かれている。

つまりは「女性向け」であるように見えなくもないのだ。

ただしこれは、必ずしも女性読者だけを対象としたものではない。なぜなら本質的な部分には、性別を超えた説得力があるからだ。

本書が取り上げているのは、江戸時代の儒学者であり本草学者でもあった貝原益軒の名著『養生訓』。ご存知のとおり、自身の知識と体験をまとめた江戸時代のベストセラー健康本である。

薬剤師であり、日本漢方養生学協会理事長でもあり、薬日本堂株式会社という漢方専門相談薬局に勤務する著者が、同書のなかから50の知恵を取り上げ、漢方の視点から解説を加えているのだ。

なお漢方というと漢方薬を思い出したくなるが、ここでいう漢方とは、中国古来の自然科学に基づく医学・薬学・養生学のこと。日本で独自に発展してきた伝統医療である。

薬日本堂が提案するのは、「大自然医薬養生学」です。これは、一人ひとりが心身ともに健康に生きるための智慧=「養生の基本」を独自に集大成した実践的な学問体系です。
一に養生、二に漢方。
自分の健康は自分でつくる。
この主体的で前向きな養生の考え方や知識を少しでも広げたいと思っています。(本書「はじめに」より引用)

つまり益軒の提唱する概念を、漢方の観点から深く掘り下げたものであるということだ。注目すべきは著者がここで、「『養生訓』が伝えているのは守りの生き方ではない」と断言している点である。

定年を迎えてもまだまだ現役人生は続くが、どんなに長生きをしたとしても健康でなければ意味がない。だからこそ、健康を守るだけでなく、積極的に生きるためのヒントが詰まった『養生訓』を役立てたいということだ。

人の身は父母を本(もと)とし、天地を初めとす。
天地父母のめぐみをうけて生まれ、また養われたるわが身なれば、
わが私のものにあらず。天地の御賜物(みたまもの)、父母の残せる身なれば、
つつしんでよく養いて、損ないやぶれず。(巻第一 総論上1)
(本書24ページより引用)

「そもそも人間は、天地の恵みを受け、両親のもとに生まれてきます。ですからこの身は自分だけのものではありません。天地と両親からいただいた尊いからだであるから、つつしんで大切にして、天寿をまっとうできるようにこころがけなければなりません」

『養生訓』はこのように始まる。

健康に気をつけていれば、多くの場合は長生きができる。しかし、健康をそこなうのは、養生の道を知らないからなのだという。

「人生100年時代」といわれるが、それをさておいても、長生きできるのはせいぜい100年前後だ。長いようにも感じるが、地球や宇宙の命の長さを思えば、とても短いものでもある。

なのに、その短い命を自分の不養生でさらに短くするのは、あまりにもったいない。

では、人はなんのために長生きをするのだろうか? この問いに対し、益軒は以下のように主張しているそうだ。

真に人生を味わうには長生きが必要です。
若い頃は智慧もなく、言動に間違いも多く、後悔する生き方をしてしまいがちです。人生の道理や楽しみにも気づきません。
しかし、ようやく50歳を超え、60代になれば、楽しみもよいことも多くなります。日々知らないことを学び、知識も増えていくのです。(本書25〜26ページより引用)

逆にいえば、無駄にエネルギーを消費すれば短命になり、人生がなんたるかを知らないまま人生を終えてしまうということ。

だからこそ大切なのは、ゆっくり衰え、いい年のとりかたをすること。すなわち、それが養生の目的なのだろう。

* * *

益軒の、そして『養生訓』の考え方を意訳を交えて紹介した本書は、今後の人生をより健康に生きていくために役立ってくれるはずだ。平易なアプローチが貫かれているからこそ、本質をより明確に身につけることができるに違いない。

『わがまま養生訓』

鈴木養平 著
フォレスト出版

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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