【ひと皿の歳時記~第102回】
ベルギー・ブルージュの名店『ヘルトン・ヤン』の「collection tomates 2015」
2年越しの思いを馳せて、ベルギー北西部、フランデレン地域の都市ブルージュにある料理店『Hertog Jan』(ヘルトン・ヤン)へ出かけてきました。
アミューズの後、最初に出てきた料理はトマトが寄り集まったひと皿です。大小、未熟完熟色とりどりのトマトが肩を寄せ合っています。そこへ穏やかな酸味のあるトマトのエッセンスのジュースが添えられました。
誠にシンプルにして多彩なひと皿。トマトにアクセントをつけているのはマリーゴールド、中にはシェーヴル・フレ(山羊のチーズ)。まるで、多国籍、多民族の集合体の地球を思わせます。トマトだけでもこれほど調和のとれた世界が表現できるじゃないかという、シェフのメッセージがじわじわと伝わってきます。
美味しくいただきながら考えました。シェフはこの料理、どこから発想したひと皿なのだろうかと? 古典でいえば、イタリアのモッッアレッラとトマトの前菜、現代でいえば野菜を主役に添えたのは、フランス『ミッシェル・ブラス』の「ガルグイユ―」。
それを結び付け、トマトに結集させた傑作です。メニュー名は「collection tomates 2015 a La creme de chevre frais et tagetes」。「tagetes」(マリーゴールドの学名)の花言葉は「信頼」「生命の輝き」「変わらぬ愛」です。
つまり、このひと皿はシェフが現代人に向けて放った平和へのメッセージなんですね。しかも「2015」と年代が記されている。これは作品番号です。
クラシック音楽では、バッハ、モーツァルトまでは、作曲家自身が作品番号を自ら作曲した音楽につけていません。初めてつけたのはベートーヴェンです。後世に残って欲しい音楽だけにつけました。これを料理史上で初めて行なったのが、スペイン『エル・ブリ』のフェラン・アドリアです。そのフェランが蒔いた種は21世紀になって着実に花を咲かせています。
この「トマトのコレクション」のひと皿に出逢えただけで、ベルギーのブルージュまでやってきてよかったと思いました。料理は「一期一会」で、しかもこのメッセージは食べたものにしか伝わりません。われわれ凡人は、こうした天才の料理人の料理に触発されて、同時代に生まれた喜びと、生きる勇気を与えられるのですね。
温暖化、資源枯渇といわれ続けていますが、21世紀の地球は、まだまだ捨てたものじゃありません。優れた料理人こそ、その救世主です。
店舗情報
店名 | Hertog Jan(ヘルトン・ヤン) |
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URL | https://www.hertog-jan.com/ |