文/濱田浩一郎

画像はイメージです。

『雑兵物語』の著者の謎

戦国時代は諸国で合戦が多発したまさに「動乱の世」でした。大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも今後、多数の合戦が描写されるでしょうが、江戸時代初期に成立した兵法書に『雑兵物語』というユニークな書物があります。その内容は鉄砲足軽・弓足軽・槍持ち・馬取り・荷物運びなど雑兵30数人が部下や雑兵と合戦における体験を語るというものです。

同書の作者について明確なことは分かっていませんが、松平伊豆守信綱(武蔵国川越藩主。3代将軍・徳川家光、4代・家綱に仕え、島原の乱などを鎮定。老中に昇進。その才気により知恵伊豆と称された)の嫡子・輝綱(川越藩主)もしくは5男・信興(高崎城主)が作者ではないかとされています。特に松平輝綱は父・信綱に従い、島原の乱(1637〜1638年。百姓やキリスト教徒が主体となった大規模な反乱)に従軍しています。徳川綱豊(家宣)の命を受けて儒者の新井白石が編纂した『藩翰譜』(諸大名家の由来と事績を集録した書物)によると、輝綱は「天性、弓矢の道を嗜んで、武芸のこと、悉くに長じていた」「家子・郎党にも常に訓練させ、厩には立派な馬が沢山いて、蔵には弓や刀槍が満ちていた」と言います。よって、このような気質の輝綱が『雑兵物語』のような「実戦教科書」を書いたとしても不思議ではないとの見解もあります。

さて、では同書にはどのようなことが書かれているのでしょうか。ここでは鉄砲・弓という飛び道具に絞って見ていきたいと思います。同書に最初に登場するのは、鉄砲足軽小頭の朝日出右衛門です。出右衛門は言います。「言うまでもないことだが、首にかける数珠打飼袋(打飼袋には兵糧米が入れられた。一食ごとに固く袋を縛り背負ったので数珠の形になった)の結び目は襟の後ろの真ん中に来るように結びなされ」と。出右衛門がなぜこのような忠告をしたかと言えば、数珠打飼袋の結び目が胸のところにあったとしたら、邪魔になって鉄砲の狙いが定められないからです。

また出右衛門は鉄砲を撃つ時のコツについても話しています。出右衛門は普段の訓練の時のように急いで的に向かって撃ってはいけないとアドバイスしているのです。魂をとっくりと引き締めて(要は落ち着いて)「あだ玉」(無駄弾)を撃ち捨てることのないようにしなければいけないと言います。実際の戦場においてはやはり緊張したり、気が急くもの。そうしたことから、つい無駄弾を撃ってしまうことが多発していたのでしょう。出右衛門はそうしたことのないように戒めているのです。

戦場で喉が渇いたら血を飲め

さて、では実際に敵方を撃つ時はどのようにするのでしょうか。出右衛門に聞いてみましょう。出右衛門は敵の騎馬武者(馬上の敵)を撃つ時は、先ず馬を撃ってから、続いて人を撃つのが良いと言います。しかし場合によってはその逆(最初に人を撃つ)のもアリだと出右衛門は語っています。なぜか。乗り手を失った馬は暴れ馬のようになり暴走。敵陣を掻き回すこともあるからです。ただ単純に鉄砲を撃つのではなく、足軽たちは様々なことを考慮して、弾丸を放っていたのでした。

戦場において色々と動いていたら当然、疲れもするし、お腹も減ってきます。一生懸命に戦い、息切れするような時には打飼袋の底の方に入れていた梅干しを出してみよと出右衛門は述べます。注意しなければいけないのは、その梅干しを食べても舐めてもいけないということです。文字通り「ちよと見ろ」(ちょっと見ろ)と出右衛門は言うのです。なぜでしょう。出右衛門は「梅干しを舐めたり、ましてや食べたりしたら喉が渇いてしまう。だから命があるうちはその梅干し1つを大事にして、息切れした時の薬に取り出して見るだけにしろ」と言っています。梅干しを見るとツバが出るので、そのツバを飲めということでしょう。が、梅干しを見てもまだ喉が渇くこともあるでしょう。そのような時はどうすれば良いのか。

その問いに対する出右衛門がまた凄まじい。「死人の血でも又はどろのすんだ上水でもすすって居なされ」。つまり戦死した「死人の血でも、泥水の上澄みでも飲んでおけ」というのです。この辺りの表現はとても生々しいものです。

さて、戦は気候が良い時ばかりにするものではありません。真冬に合戦があることもあるでしょう。当然、身も凍ります。そのような時はどうすれば良いのか。出右衛門に教えて貰いましょう。出右衛門は身が凍える時は、唐辛子をすり潰して、尻から足の爪先まで塗るのが良いと語っています。手に塗るのも良いが、それに関しては注意点があると言います。唐辛子を塗った手で目をいじると目玉が血走り、痛むぞと出右衛門は親切にもアドバイスしてくれています。『雑兵物語』からは兵士の大変さが窺えますが、笑えるところもあって、とても面白い書物と言えるでしょう。

【主要参考文献一覧】
・中村通夫・湯沢幸吉郎校訂『雑兵物語・おあむ物語』(岩波書店、1943年)。
・吉田豊訳『雑兵物語 雑兵のための戦国戦陣心得』(教育社、1980年)。

文/濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

兵庫県相生市出身。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師、大阪観光大学観光学研究所客員研究員を歴任。現在、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。
著書『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『中学生からの超口語訳 信長公記』(ベストブック)、『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社)その他多数。

 

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