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万葉集の名歌絶唱の地を写真で巡る展覧会|牧野貞之『万葉写真展』

取材・文/田中昭三

万葉集といえば大和(奈良県)を連想する人が多いに違いないが、北陸の富山県にも万葉にゆかりの深い地がある。高岡である。

高岡市には奈良時代に越中国(えっちゅうのくに、富山県)の国府が置かれていた。その役所に、代表的な万葉歌人の大伴家持(おおとものやかもち、717?~785)が天平18年(746)に赴任した。家持の高岡滞在は5年にも及び、その間、高岡周辺の景勝地を多くの歌に詠んだ。そのためいまも高岡は、万葉ファンならば一度は訪れたい万葉の聖地となっているのだ。

そんな富山県高岡市の「ミュゼふくおかカメラ館」(第1会場)と「高岡市万葉歴史館」(第2会場)で、写真家・牧野貞之さんの『万葉写真展』が開催されている。

「ミュゼふくおかカメラ館」の展示風景。世界的建築家・安藤忠雄の設計。この第1会場に68点、第2会場の「高岡市万葉歴史館」に20点の写真が展示されている。

牧野さんは奈良市在住。大和(奈良県)の写真家として一時代を画した入江泰吉(1905~92)さんの内弟子として写真の世界に入った。万葉の古地を撮り始めたのは、いまから40数年前。最初は地元の大和界隈を歩き回ったが、次第に全国各地に足を伸ばすようになった。

『万葉集』ゆかりの地は、南は鹿児島県、北は宮城県にまで広がる。最南端の地は鹿児島県北部にある薩摩の瀬戸(いまの黒の瀬戸)。鹿児島県阿久根市の黒之浜と天草諸島南端の間を流れる海峡、黒の瀬戸のことで、幅400m前後、長さ約3kmの海峡をまるで大河のように海潮がうねる。

最南端の万葉古地、鹿児島県の薩摩の瀬戸。狭い海峡に海水が勢いよく流れる。撮影/牧野貞之

奈良時代の役人で、詩歌に秀で風流侍従(ふうりゅうじじゅう)と呼ばれた長田王(ながたのおおきみ)はこの海峡を次のように歌った。

「隼人(はやひと)の薩摩の瀬戸を 雲居(くもい)なす遠くも我は今日(けふ)見つるかも」(隼人が住む薩摩の瀬戸を、雲のように遥か遠くに私は今日見たところだ)

「雲居なす遠くも我は」には、隼人の国まではるばるやってきた長田王の思いが込められている。それは万葉の魅力に取りつかれた写真家・牧野貞之さんにとっても同じ感慨であった。

*  *  *

一方、万葉古地の北端は宮城県涌谷町(わくやちょう)にある黄金山神社である。天平17年(745)、聖武天皇は東大寺の大仏造立を開始。工事は進んだものの、大仏を鍍金するための金が決定的に不足していた。当時日本はまだ金を産出していなかったのだ。

その大ピンチを救ったのが天平21年(749)2月、陸奥(みちのく)から届いた金産出の知らせである。いまはその場所に黄金山神社が祀られている。

万葉古地最北端の黄金山神社。この地で金が産出されてからほぼ3年後の天平勝宝4年(752)、大仏の開眼供養が行われた。撮影/牧野貞之

金産出の知らせは当時高岡に赴任していた大伴家持にも届いた。家持をその知らせを寿ぎ、次のように謳った。「天皇(すめろき)の御代栄えむと 東(あづま)なる陸奥山に金(くがね)花咲く(天皇の御代が永遠に栄えよと、東国の陸奥山に黄金の花が咲くことよ)

*  *  *

そして、高岡で詠んだ家持の名歌に「馬並(な)めていざ打ち行(ゆ)かな渋谿(しぶたに)の 清き磯回(いそみ)に寄する波見に」(馬を並べて、さあ出かけよう。渋谿の清らかな磯辺に打ち寄せる波を見に)がある

歌に詠まれた「渋谿の磯」はいまの雨晴(あめはらし)海岸のこと。家持の官舎からほぼ3㎞の地点である。「いざ打ち行かな」には、雄大な越の風景を初めて見た時の感動が込められている。

この海岸からは富山湾越しに3000m級の立山連峰を望むことができる。牧野さんはこの家持の歌を深く読み込み、冠雪の季節に雨晴海岸に愛車を走らせた。しかし立山連峰がくっきり姿を見せる日は限られている。

牧野さんはじっとその日を待ち、手前に白い荒波を、奥に立山連峰を収め、家持の歌を見事に映像化した。

高岡市北部の雨晴海岸から見た立山連峰。大和からやってきた大伴家持はこの風景の雄大さに圧倒された。撮影/牧野貞之

*  *  *

万葉古地の撮影は気象条件との戦いでもある。イメージ通りの天候に恵まれるほうが少ない。牧野さんが一番苦労したのは、愛媛県松江市北部の堀江湾に行った時だという。

堀江湾は、万葉秀歌のひとつである額田王(ぬかたのおおきみ)の名歌「熟田津(にぎたつ)に舟乗りせむと月待てば 潮もかなひぬいまは漕ぎいでな」(熟田津で船に乗ろうと月を待っていたら潮が満ちた。さあ、いまこそ船を漕ぎ出そう)が謳われた地。時は斉明天皇7年(661)。天皇は朝鮮半島の古代の国・百済(くだら)を救援するために朝鮮に兵を送ろうとして九州へ向かう途次だった。

その時代背景を知れば、「いまは漕ぎいでな」が戦闘意欲を掻き立てる雄叫びのように聞こえる。

四国の愛媛県松江市北部の堀江湾。額田王(ぬかたのおおきみ)の名歌ゆかりの地。「月と海とのバランスに苦労しました」と牧野さんは語る。撮影/牧野貞之

*  *  *

『万葉集』の名歌絶唱の地を写真で巡る牧野さんの「万葉写真展」は、万葉ファンはもちろん、旅好きにとっても見逃せない写真展である。お見逃しなく(写真展の会期は第1会場が10月8日(月・祝)まで、第2会場は10月22日(月)まで)

【牧野貞之 万葉写真展】
・第1会場 ミュゼふくおかカメラ館:10月8日(月・祝)まで
住所:富山県高岡市福岡町福岡新559
電話:0766・64・0550
開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(祝日を除く)
・第2会場 高岡市万葉歴史館:10月22日(月)まで
住所:富山県高岡市伏木一宮1‐11‐11
電話:0766・44・5511
開館時間:9時~18時(入館は17時15分まで)
休館日:火曜日

なお、牧野さんの40余年に及ぶ万葉撮影活動は『日本全国万葉の旅(上下2冊・小学館)にまとめられている。解説は坂本信幸(高岡市万葉歴史館館長)・村田右富実(むらたみぎふみ・大阪府立大学教授)の万葉学者が執筆。写真はオール・カラー。掲載歌の原文と現代語訳、さらにその歌の時代背景が分かりやすく解説されており、万葉ファン必携の書である。

『日本全国万葉の旅』「大和編」3500円と「西日本・東日本編」4400円(共に税別)。

取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

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