空前の人手不足が続く中、企業が“できる人財”を採用することは困難な状況になっています。そこで、日本マクドナルドの「ハンバーガー大学」で学長や、「ユニクロ大学」部長を務めた有本 均氏の著書『全員を戦力にする人財育成術 離職を防ぎ、成長をうながす「仕組み」を作る』から、採用した人をできる人財に育てる方法を紹介します。
文 /有本 均
グローイング・サイクル®とは何か
「グローイング・サイクル®」は、人を成長させるための4つのステップです。「人を大切にする企業文化」という前提のもとで、「1基準を示す」「2教える」「3要求する」「4評価する」という4つをくるくる回すことで人は成長していくという考え方であり、育成の手法です。
個々のステップを実践しているつもりでも、「人が育たない」「辞めてしまう」と嘆く企業は、このサイクルがどこかで途切れてしまっているのです。基準を示していないから、せっかく教えても本人の必要性を満たさない。あるいは、教えてはいるが、評価をしないから学んだことが身につかない、というように。
4つのステップについて詳しく説明する前に、グローイング・サイクル®ができた背景について、お話しします。
ホスピタリティ&グローイング・ジャパンを設立し、多くのサービス業の方を対象に研修を行いながら、私はどうすればその会社で働く人たち全員を育てることができるか、方法論を体系化したいと考えていました。
そこで、あらためて自分の経験を振り返り、ハンバーガー大学やユニクロ大学が教育と評価について何をやっているのかを洗い出してみました。マニュアルを作る、研修プログラムを作る、教育ツールを作るなど、育成のための手法やプログラムを洗い出してみると、かなりの量になりました。私自身がやってきたことも合わせて書き出して、それらを眺めていると、4つのカテゴリーに分かれることがわかりました。その4つを簡単な言葉にして「1基準を示す」「2教える」「3要求する」「4評価する」とまとめたのです。この4つは、それぞれ関わり合っています1→2→3→4で終わるのではなく、4→1へと戻り、連鎖して回っていくのです。つまり、サイクルになるということです。
グローイング・サイクル®は、私が作り出したオリジナルの概念ですが、そのベースにあるのは私自身の育成経験と、ハンバーガー大学、ユニクロ大学の育成メソッドということになります。
それから6年ほど、この考えに基づくと人財育成の仕組みができるということを、さまざまな機会に、多くの人にお伝えしています。以下に、一つずつ見ていくことにしましょう。
1. 基準を示す
育成の出発点が、この基準を示すということです。これは「会社から見てその人に何をやってもらいたいかを明確にする」ということを意味しています。部署や役割、キャリアによって、会社が働く人に求めるものは違います。それを対象ごとにはっきりと決めることが大事です。
経営理念とか経営指針、コンプライアンス、就業規則のように、社員が誰でも理解して身につけなければならない知識やスキルもあります。一方で、マニュアルとか役職定義は業務内容によって変わってきます。基準は、「ゴール」と言い換えてもいいでしょう。マクドナルドでは、アルバイトについて30時間で一通りの業務を習得させていました。30時間が一つのゴールを担っていたのです。
このゴールがないとどうなるかというと、教える人によって内容が違う、ということになりかねません。「うちの教育は属人的なんだよなー」という経営者の声をしばしば聞きますが、ゴールが明確でないために、現場のマネージャーの考えに任せることになる、ということです。これでは、企業として足並みの揃ったサービス提供はできません。
ゴール=基準が明確であれば、例えば3000店舗のマクドナルドでも、すべてのマネージャーが同じものを目指すこと ができるのです。基準を明確にするには、それぞれの業務について、やっている内容、どうなってほしいかを書き出していきます。例えば店長であれば、「売上を上げてほしい」「営業利益を上げてほしい」、そのために「人件費を筆頭にコストを抑えてもらいたい」「店舗のQSC(クオリティ、サービス、クリンリネス)を上げてもらいたい」などといった項目が出てくるでしょう。その中でもQSCのように、それを向上させて成果を出すためには、チームで取り組まなければならない業務については、「チームワークを良くしてほしい」、そのためには「リーダーシップを発揮してもらいたい」「信頼関係を築いてもらいたい」「徹底力を持ってもらいたい」などということも挙げられるでしょう。
その一つひとつについて、誰がどのように教えるかを考えることが、次の「2教える」の準備作業になります。あるいは、最も優秀な店長の行動から、「こうなってほしい」という項目をピックアップしてそれを基準とする方法もあります。
そのように項目出しをしていくと、将来のことを考えて、今はやっていないけれど、この役職の人には将来こういうことをやってもらいたいという項目も出てくるかもしれません。ここでも店長を例に挙げれば、今は数字を追いかけることに懸命で、人財育成に全然目を向けていない、その余裕が持てない、とします。それでも、人財育成をやってほしいと強く願うのであれば、基準に入れてしまいます。
店長という役職は人財育成が役割の一つである、と役職定義をするのです。そして、それを必ず評価に連動させる必要があります。「4評価する」のところであらためて述べますが、評価の対象になれば、店長たちは意識せざるを得なくなります。
人財育成に消極的な店長が多いのだとすれば、その理由は、評価に関係ないから目が向かないのです。 基準作りで難しいのは、一通り業務を覚えた人たちに何を目指させるか、ということです。 正社員にしろアルバイトにしろ、多くの場合、新人については業務マニュアルがあり、それに基づいて一つひとつの業務を習得させているでしょう。そこでは、あらかじめ基準は明確なので す。
また、店長についても、それぞれ難易度は上がりますが、やってほしいことは比較的、明確であるはずです。しかし、その間にいる層、中堅層の基準が明確な企業は、ほとんどないはずです。ここでも、見習い期間が終わった後にやるべきことを洗い出すことが必要です。
例えば、新しいポジションを経験する、新人の育成を担当する、などが挙げられます。注意しなければいけないのは、アルバイトに社員と同等な業務をさせると、同一労働 ・ 同一賃金の問題が発生することです。まったく同等の仕事をさせるのであれば、賃金も同等にする必要があります。この場合、役職定義で社員とアルバイトの違いをはっきりさせる必要があるでしょう。その意味でも、基準を示すことは重要であると言えます。
2.教える
基準を示したら、それを教える必要があります。
誰が、いつ、どのような形で教えるか。それには多くの選択肢があります。現場で教えるOJTなのか、集合研修なのか。集合研修の場合であれば、外部の講師が教えるのか、あるいは社員が現場での経験をもとに教えるのか。多くの選択肢の中から、最も効果のある教え方を、コンテンツによって変えていく必要があります。
ハンバーガー大学の学長として私が主にやっていたのは、教えなければならないことがあったときに、それをどのような手段で教えるかを考えることでした。「それは集合研修じゃなければ難しいね」とか「それは現場でやった方が効率的だろう」などという会話を、当時はよくしていました。
例えばユニクロの場合は、洋服のたたみ方がそれぞれの種類でぜんぶ違うので、すべて覚える必要があります。ただ、これは店でOJT によっていくらでも練習できますから、何も集合研修にする必要はありません。マクドナルドであれば「マックフライポテトを作ること」も同じです。
ところが一方で、集合研修でなければなかなか身につかない、あるいは集合研修だからこそ効果の高いものがあります。例えば、コ ーチングなどのヒューマン・スキルはその一つです。店長たちが店舗スタッフと信頼関係を作るのに課題があるのでコーチングのスキルを教えたいと言っても、OJTではできません。スーパーバイザーも教えられないでしょう。このようなスキルについては、集合研修で教える必要があります。
この集合研修はコストもかかりますし、受講者の負担感も少なくありませんが、それ相応の効果があります。まず現場から離れ、落ち着いた環境に身を置くことで学びやすくなります。
また、専門知識のある人が講師を務めることの利点もあります。そして、ディスカッションやロールプレイやゲームなど、学習効果を高める要素を入れることができます。講義形式で一方的に話を聞くだけではなかなか身につかないことが、ディスカッションやロールプレイや質問を投げかけるファシリテーションを入れることで、抜群に学習効果が高まるのです。ロールプレイができない人は、本番でも絶対にできません。具体例を挙げれば、面談や傾聴などのスキルには効果抜群です。
グローイング・アカデミーの人気のあるプログラムで言いますと、「クレーム対応」などは集合研修に適しています。これをOJTで教えるのは至難の業でしょう。クレームが起きたとき、その後で振り返りを行うぐらいしかできず、さまざまなケースでの応用ができません。集合研修ならさまざまなケースを想定したロールプレイを入れるなどして、問題を受講者間で共有しながら、「こういう場面ではどうすればいいだろう?」と応用が考えられるのです。
OJTについては別のところでも説明しますが、現場で学べる利点は大きいものの、教えて終わり、となりがちなところがあります。現場で実施するものだからこそ、OJTリーダーである上司・先輩にすべてが委ねられてしまい、放置されてしまいがちなのです。
これについては、OJTをサポートする仕組みがあると、学習効果が格段に高まります。マクドナルドとユニクロの強さは、OJTのサポートを真剣に考え、実施することにあります。例えば、教育動画を作って、いつでも復習や確認ができるようにするなど、学習をサポートするためのツールや仕組みが非常に充実しています。私が在任当時のハンバーガー大学には、一年中DVDや育成マニュアルを作っているスタッフがいました。なかなかそこまではできないかもしれませんが、どうすれば現場がちゃんとOJTの効果を上げられるかを、真剣に考える必要があります。
ところで、「教える対象は誰か」という観点で、第1章では、人を選べない時代だからこそ、限られたメンバー全体の底上げを図ること、つまり「義務教育」が大事だ、と述べました。これについて、補足をしておきます。全員の底上げを図る義務教育の反対語は、「選抜型教育」です。特定の人財を対象に、さらに能力アップを図る教育を指しますが、これを否定するつもりはありませんし、効果もあると考えています。
ただ、問題なのは、「選抜型教育を実施しているから、わが社には教育の仕組みがある」と考えている経営者がいることで、それは今の時代には適していないと思うのです。これも繰り返しになりますが、優秀な社員を残し、会社の基準に満たない者はケアしない、という人事施策は、人を選べない今の時代には採り得ない施策です。
「1基準を示す」「2教える」については、ぜひ「全員を伸ばす」という観点から設計することをお勧めします。次の「3要求する」と「4評価する」は、「全員を伸ばす」ことを企図する際に、「2教える」以上に重要なカギを握っています。
「3要求する」と「4評価する」については、次回お伝えしていきます。
有本 均(ありもと・ひとし)
株式会社ホスピタリティ&グローイング・ジャパン 代表取締役会長、グローイング・アカデミー学長。1956年、愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部入学後、大学1年生からマクドナルドでアルバイトを始め、1979年、日本マクドナルド株式会社に入社。店長、スーパーバイザー、統括マネージャーを歴任後、マクドナルドの教育責任者である「ハンバーガー大学」の学長に就任。2003年、株式会 社ファーストリテイリングの柳井正会長(当時)に招かれ、ユニクロの教育責任者である「ユニクロ大学」部長に就任。その後、株式会社バーガーキング・ジャパン代表取締役など、外食・サービス 業の代表、役員を歴任する。2012年、株式会社ホスピタリティ&グローイング・ジャパンを設立。 日本マクドナルド、ユニクロ等を経験して得た「人財育成のノウハウ」を活かし、世界中のサービス業の発展を目指す。
『全員を戦力にする人財育成術 離職を防ぎ、成長をうながす「仕組み」を作る』
有本 均 著 ダイヤモンド社