空前の人手不足が続く中、企業が“できる人財”を採用することは困難な状況になっています。そこで、日本マクドナルドの「ハンバーガー大学」で学長や、「ユニクロ大学」部長を務めた 有本 均氏の著書『全員を戦力にする人財育成術 離職を防ぎ、成長をうながす「仕組み」を作る』から、採用した人をできる人財に育てる方法を紹介します。

文 /有本 均

企業がやるべき3つの整備

人を育成するために、企業がしなければならないのはどのようなことでしょうか。いろいろなことがありそうに思えますが、私が考える「やるべきこと」は、大きく3つに集約されます。 それは、「教育」「評価」「労働環境」の3つです。きちんと教え、それを評価し、働く環境を整備することが、育成の大前提です。

教育といえば、「研修やOJTなどで教育すればいいのね」と連想が働くのではないかと思いますが、それだけでは不十分だというところが、とても大事なポイントです。ただ教えればいいというものではない、ということです。 「教育」「評価」「労働環境」の3つをきちんと実施し、整備すると、辞めない理由ができます。

「キャリア ・ ステップが見える」「短 ・ 中 ・ 長期の目標を持つ」「成長意欲が満たされる」「自己重要感が持てる」「やりがいを感じられる」「人間関係が良い」 は、辞めない理由の代表的なものでしょう。以下、順を追って説明しましょう。

キャリア・ステップを示す

「キャリア ・ ステップが見える」というのは、「仕事で頑張ればこうなる」ということを仕組みとして見せる、ということです。仕事を続けていった結果、近い将来、どのぐらいの収入になるのか、どんなポジションに就けるのかを、明示するのです。例えば、結婚を控えた20代を想定してみましょう。

たとえ今の仕事にやりがいを感じているにしても、将来の自分たちの姿を考えるとどうでしょう。先々のステップが見えなければ、「頑張ってこのまま仕事を続けてどうなるんだろう」と不安になるのではないでしょうか。そこで、例えば10年後に年収がいくらになり、ポジションがこうなる、頑張ればそうなる可能性がある、というのを見せてあげるのです。

かつては、そんな必要はありませんでした。私が店長だった30〜40年前は、経済が右肩上がりの時代。給料は年々上がりますし、店舗拡大のペースも速いので店長などのポジションもどんどん増えますから、将来に不安を感じることなどはなかったのです。しかし、言うまでもなく、そんな時代はとうに去り、今はなかなか先を見通せない状況になりました。それだけに、 先々のステップを明示して、やりがいを喚起する必要があるのです。

サービス業の経営者と話をすると、「本当に優秀な店長なら、年収1000万円にしても構わない」と真顔でおっしゃる方が多いですし、現にフードサービス大手企業では、そういう事例も出始めています。何も、高額であることが大事なのではなく、そういうビジョンを示すことが重要なのです。

短・中・長期の目標を持つ

2つ目の「短 ・ 中 ・ 長期の目標を持つ」。このうち長期目標というのは前述したキャリア ・ ステップのことです。それは大事ではありますが、会社側にとっては、目の前にある仕事をちゃんとやってもらうのが大事。つまり短期 ・ 中期の目標ということで、それを積み重ねていくことが将来につながる、ということです。

そこでカギになるのは、頑張った見返りを見せることです。「今、この仕事を頑張れば、次の評価がこのように上がる」というように。この見返りが見えないと、最後の根性が出ないものです。何度も繰り返しますが、右肩上がりの時代はとうに去り、今はなかなか先を見通せません。頑張りの見返りを仕組みにして見せられるかどうかが大事です。

私はマクドナルドにいたとき、これをやるとQSC(クオリティ、サービス、クリンリネス)の点数が上がる、QSCの点数が上がると自分の評価が上がる、そうなると役職が上がる、と考えていました。そのように先が見えなければ、目の前の仕事、例えば、店にとって大事だけれどやるのがつらいトイレ掃除など、とてもではありませんが、できないのです。目の前の仕事をしっかりやることが、将来につながっていく。それが実感できるような目標を持たせることで、働く人のモチベーションが上がり、成長を促すことになります。

成長意欲が満たされる、自己重要感が持てる

次の「成長意欲が満たされる」「自己重要感が持てる」は、教育と評価の両方に関わる「辞めない理由」です。 この2つは、100%の人が抱く欲求であると言われています。ということは、それを満たしてあげれば会社に長くいてくれるということでしょう。

しかし、多くの会社で、働く人のその欲求は必ずしも満たされていないようです。よくあるのは、部下に対して「あいつに成長意欲があるとは思えないな」などと決めつけるような上司の存在です。

でも、ほとんどの場合、それは当人に成長意欲がないのではなく、それを引き出していない、ということではないでしょうか。そういう視点を持てば、成長意欲を刺激するような何らかのアクションが生まれてくるはずです。本人のせいにしているままでは、永久に何も生まれません。成長意欲があるのだけれど、表に出させていないとすれば、上司のせい、会社の責任、ということになります。

「自己重要感」は、デール ・ カーネギーが著書『人を動かす』(邦訳/山口博、創元社)で紹介している概念で、(1)人はみな、自分が重要な人間だと思いたい、(2)周囲の人間に、重要な人間だと思われたい、という気持ちのことを指します。 成長意欲が満たされ、自己重要感を持つことは、教育と評価を仕組み化することで可能になります。

ところで、再三出てきた「仕組み」という言葉ですが、「仕組みにする」の反対語は何だと思いますか? 正解は「上司の力量に任せる」です。

人財育成については、上司任せにする、と言った時点でアウトです。なぜなら、上司の力量は個人差がきわめて大きいからです。育成能力がある人の下についたらラッキーですが、そうではない人の下についたら不幸。同じような能力の人が、上司の違いによって1年後2年後に、 大きな格差がついてしまうことになります。そして、そうした格差を、会社は本人のせいにしがちです。「仕組み」というのは、このような個人の能力に依らない、みんなが共有できる手法を言います。

やりがいを持たせる仕組み

次の「やりがいを感じられる」については、人が育つ上で当然のことと思われるでしょう。 確かにその通りなのですが、昨今は、少し難しい要素が出てきました。それは、やりがいが多様化している、ということです。

具体的に言うと、サービス業の中で、「店長になりたくない」という若手社員が増えており、経営者の悩みのタネになっています。もっとも、最近は商社などでも、海外勤務をしたくない、という若手が増えているそうですから、やりがいの多様化は普遍的な現象であるのかもしれません。

私などの世代からすると、「店長になりたくないなんて、何のためにサービス業に就職したんだ」と言いたくなりますし、頑張れば店長になれる、ということをインセンティブにして人事制度を設計してきた企業にとっては、それに反するややこしさを抱えることになります。

しかしながら、こうした新しい現実にも対応しなければ、企業は人財を確保することが難しくなります。これについては、役職が上がらなくても、頑張れば給料は上がるというような、 少しの工夫で対応は可能でしょう。 店長になりたくない、という理由は「重い責任を持たされたくない」とか「店長の処遇に魅力がない」など、さまざまだと思います。

たとえ旧来型とは異なる価値観を持った人にも、い かに頑張ってもらうかが大事なポイントになります。店長の処遇を改善するということも、考慮されてもいいかもしれません。ここでも、仕組み化によって対応することが必要です。

人間関係も労働環境の要素

「人間関係が良い」というのは、「残業の見直し」と並んで企業が整備すべき労働環境です。 業種を問わず、辞める理由のナンバーワンは人間関係ではないでしょうか。ただ「良い人間関係」を築くことも、仕組みでカバーできます。 そこで問われるのは、上司の「人間力」でしょう。

しかし、先に挙げた育成と同様に、リーダーの個性に任せたら、問題はなくなりません。信頼関係を築くためのコミュニケーション ・ スキルやリーダーシップ ・ スキル、育成スキルを上げるためのティーチング、コーチング、カウンセリングの研修を受講させることで、改善することができます。

ただ、研修をするだけでなく、マネージャー層の評価項目として育成力、チームビルディングやリーダーシップという、 研修内容に紐づく要素を取り入れることが大切です。そして、役職定義を作成し、その評価項目を明記することも重要です。すぐに100点にはならないかもしれませんが、年月を積むことによって点数を上げていくことは可能です。


有本 均(ありもと・ひとし)
株式会社ホスピタリティ&グローイング・ジャパン 代表取締役会長、グローイング・アカデミー学長。1956年、愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部入学後、大学1年生からマクドナルドでアルバイトを始め、1979年、日本マクドナルド株式会社に入社。店長、スーパーバイザー、統括マネージャーを歴任後、マクドナルドの教育責任者である「ハンバーガー大学」の学長に就任。2003年、株式会社ファーストリテイリングの柳井正会長(当時)に招かれ、ユニクロの教育責任者である「ユニクロ大学」部長に就任。その後、株式会社バーガーキング・ジャパン代表取締役など、外食・サービス業の代表、役員を歴任する。2012年、株式会社ホスピタリティ&グローイング・ジャパンを設立。 日本マクドナルド、ユニクロ等を経験して得た「人財育成のノウハウ」を活かし、世界中のサービス業の発展を目指す。

『全員を戦力にする人財育成術 離職を防ぎ、成長をうながす「仕組み」を作る』
有本 均 著 ダイヤモンド社

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