地球温暖化の影響でしょうか、暑い季節が年々長くなり、冬物への衣替えの次期が遅くなっているような気がします。ようやく涼しくなってきたこの時期に、オーバーコートについて考えてみたいと思います。

冬のコート、フォーマルにも着るならボックスコートがおすすめ!

冬のコート、フォーマルにも着るならボックスコートがおすすめ!

ヨーロッパでは昔も今も、オーバーコートは生活の必需品です。エアコンの効いた温かい室内では軽いスーツで軽快に過ごし、寒い外に出る時はしっかりしたオーバーコートを着た上にマフラーを巻き、手袋をはめ、さらには帽子を被って寒さから身を守りましょう、という考え方なのです。

一方、昔の日本家屋は暖房装置が十分でなく室内が寒かったため、人々はそのまま外出できそうなくらい下着をたくさん着込んでいました。その習慣がいまだに抜けきらないのか、寒くなれば自動的に長袖の下着にズボン下を着込んでしまっていないでしょうか?

厚手の下着に身を包めば、コートなしで外に出ても寒くないかもしれませんが、そのまま室内に入れば、最近は汗をかくほどの暖かさです。汗をかいたまま再び外に出て急激に体を冷やせば血管が一気に収縮し……。これは生命にかかわる重大な問題だと、お医者様に教わりました。

室内の暖房が行き渡っている今、いったん着てしまうと脱ぐことができない下着で暖をとるより、脱ぎ着しやすいコートやマフラーの着用を強くおすすめします。

余談になりますが、ヨーロッパではコートの着用に、もうひとつの“意味”があるそうです。以前、ナポリのサルト、アントニオ・パニコがこう教えてくれました。

「オーバーコートは防寒だけのものではない。ホテルやレストランのクロークに預ける時のことも考えなくてはならない。だからステイタスシンボルとしてふさわしいものを着ていなくてはいけないんだ」

寒ささえしのげれば何を着ていてもかまわない、という考え方はヨーロッパでは通用しないようです。

では、どのようなコートをどのように着用するのがよいのでしょうか?

まず覚えておいていただきたいのは、スーツに TPOにあわせたドレスコードがあるように、コートにもフォーマルなもの、カジュアルなものがあるということです。

今回は、冠婚葬祭とビジネスに使えるコートについてご説明いたしましょう。

■1:最もドレッシーな「チェスターフィールド」

13-2チェスターフィールド
数あるコートの種類の中で、最もフォーマルなタイプがチェスターフィールドコートです。

ここ数年、このコートがブームになっているようで、男性ファッション誌では秋になると特集していますが、どうもその定義が曖昧になっているような気がします。

そこで本来のチェスターフィールドコートについて少しご説明いたします。

そもそもチェスターフィールドコートとは、19世紀中頃、時のファッションリーダーとして名を馳せた、英国の政治家であり、外交官でもあった6世チェスターフィールド伯爵が愛用したコートに由来しているといわれています。

現在、最もフォーマルなオーバーコートで、色はチャコールグレイ、濃紺、ブラックなどダークなもので、着丈は膝が隠れる程度のやや長めに設定されます。背広の上衣が長くなったような形とお考えいただければいいでしょう。シングルブレステッド、ノッチドラペルでフライフロント(比翼仕立て)、あるいはダブルブレステッドのピークドラペルでいずれもセットインスリーブ(背広と同じような付け袖)という仕様です。

13-3

フライフロント(比翼仕立て)では、前身頃のボタンを掛けると、表からそのボタンが見えなくなる。

フライフロント(比翼仕立て)では、前身頃のボタンを掛けると、表からそのボタンが見えなくなる。

そして左胸には背広と同じようにポケットが作られているのも大きな特徴です。ちなみに、この胸ポケットは手袋を入れるところだとイギリス留学時代に習いました。また、上衿にはビロードの布を掛ける仕様がありますが、これは断頭台で処刑されたルイ16世とマリー・アントワネットへの喪章だったといわれています。

胸に背広と同じようにダーツが入るなど全体的にシェイプされた細身ではありますが、燕尾服やモーニングスーツ、ディーナースーツ(タキシード)の上に着用するためのオーバーコートです。もちろんダーク・ラウンジ・スーツの上に着用しても問題ありません。ビジネススーツに着用していけないことはありませんが、チェスターフィールドコートとはどんなものか理解した上で着用いただきたいと思います。

前述の通り、近年、このチェスターフィールドコートに人気が集中しているとは言うものの、「チェスターフィールドコート」と呼ばれているものの多くは、実は似て非なるものと言わざるを得ません。

例えば、キャメルカラーをはじめとしたカラフルな素材を使い、着丈は膝上大腿部の中間辺りときわめて短めのもの。フロントはボタンが見える、一般に“ぶち抜き仕様”と呼ばれるデザインで、コートの下にジャケットを着用できないほどのタイトフィッティング、といった具合です。

完全にカジュアルなオケイジョンでの着用を想定したオーバーコートになっていて、チェスターフィールド型とさえも言えない、チェスターフィールド風コートというような仕様のものもあります。

みなさまには、ぜひこの違いをご理解いただきたいと思います。チェスターフィールド風コートは、あくまでカジュアルに楽しむお洒落アイテムとして、セーターやカーディガンの上にジャケット代わりに着用するのがよいかと思います。

■2:略礼装からビジネスまで広く使える「ボックスコート」
13-5ボックスコート
そこで私がこのコラムの読者の方におすすめするのは、チェスターフィールドコートほどフォーマルでなく、略礼装からビジネススーツにまであわせられるボックスコートです。

ボックスコートはかつては御者が着た、箱のように四角いシルエットのコートに由来するといわれています。

テーラードカラーでセットインスリーブ、全体的に背広の上衣を長くしたような感じはチェスターフィールドコートと同じようではありますが、チェスターフィールドコートのようにシェイプされたシルエットではなく、ややルースフィッティングです。四角い箱のようなシルエットとはいうものの、現在ではかつてよりも全体的にタイトになっていて、胸にダーツこそ入っていませんが、ウエストラインでは多少シェイプがあるものが一般的です。

胸ポケットはありませんが、袖口には折り返しのデザインが施されているものもあります。フロントはフライフロントがよりフォーマルな感じがしておすすめですが、ぶち抜き仕様でも構わないでしょう。

ボックスコートはチェスターフィールドコートほどドレッシーな感じはありませんが、後述するラグランスリーブコートほどカジュアルな感じはしませんから、モーニングスーツ、ディナースーツからビジネススーツまで幅広く着用可能なオーバーコートだといえましょう。

なお、オーバーコートのフォーマル度は、デザインに左右されるのはもちろんですが、「コートの色」も大きな決定要素です。つまり、いくらチェスターフィールド型のコートでも、キャメルカラーやライトグレイではフォーマルに着用はできませんし、たとえボックスコートでも、黒、濃紺、チャコールグレイなどのダークカラーならば、フォーマルに着用できますし、日々のビジネスにも十分利用が可能です。

■3:ビジネスシーンで最も着用されている「ラグランスリーブコート」
13-6ラグランコート
最後に、最も一般的にビジネスコートとして普及していると思われるラグランスリーブコートについて触れたいと思います。

1815年6月のワーテルローの戦いで右腕を失った、英軍ラグラン将軍が、脱ぎ着がしやすいようにと考案された特別な形状の袖のことを、将軍の名前にちなんでラグラン袖と呼ぶようになりました。

普通の付け袖(セットインスリーブ)と違って、ラグランスリーブの場合、前身頃・後身頃ともに襟ぐりから脇の下までが切り取られていて、肩の縫い目がありません。切り取られた身頃部分が袖と一体化するように工夫された特別な形状の袖を身頃に縫い付けるため、ラグランスリーブの服は襟ぐりから脇の下にかけて斜めの縫い目が見て取れるのが特徴です。アームホール(袖ぐり)を大きく設定することで、脱ぎ着が飛躍的に楽なります。

ラグランスリーブの袖。

ラグランスリーブの袖。

細かい仕様に目を向けると、カラー(襟)はステンカラーか一般的にバルカラー(正確にはバルマカーンカラー)と呼ばれるセミステンカラー(上写真の仕様)。全体的にはシェイプのないルースフィッティングで、腰には斜めに作られたポケット。袖口にはストラップか絞りボタンが付いたタグ。フロントはボタンを隠した比翼仕立てとぶち抜き仕様、どちらの仕様も見られます。

日本ではなぜラグランスリーブがビジネス用のコートとして普及してしまったのか、理由は定かではありません。以下はあくまで筆者の想像の域を脱しませんが、ラグランスリーブの普及はレインコートから始まったのではないでしょうか。

1960年代の日本では、ラグランスリーブのレインコートにライナーを取り付けてオーバーコートとしても利用できる、いわゆるスリーシーズンコートが爆発的な人気で普及します。以来、ラグランスリーブコートはビジネスマン諸氏の間で“コートと言えばラグランスリーブ”という認識が定着してしまい、ウールのコートを購入するにあたっても、着慣れた形のラグランスリーブコートを自動的に選択してしまっていらっしゃるのではないかと思います。

前述の通り、コートのフォーマル度は素材の色に大きく左右されます。

ラグランスリーブコートであっても、黒や濃紺、チャコールグレイといったような色合いのものならば、セミフォーマルなオケイジョンでお召しになっても差し支えありませんが、キャメルカラーやベージュ、ライトグレイのコートの場合、やはりフォーマルというわけにはいきません。逆にそのような色の場合、ビジネスでもややカジュアルなスタイル、たとえばネクタイを締めたセットアップスタイルや、セーターにトラウザーズといった装いの場合にも着用可能です。

次回は、スーツ上には着られない、もっぱらカジュアル専用のコートをご紹介いたします。

文/高橋 純(髙橋洋服店4代目店主)
1949年、東京・銀座生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本洋服専門学校を経て、1976年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのビスポーク・テーラリングコースを日本人として初めて卒業する。『髙橋洋服店』は明治20年代に創業した、銀座で最も古い注文紳士服店。

「銀座 老舗仕立て屋の着こなし講座」の記事一覧

 

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