東京近郊のベッドタウンともいえる千葉県船橋市。船橋駅の南側に湊温泉という湯が湧きます。
かつては数軒の旅館があったといいますが、現在は唯一「割烹旅館玉川」が残ります。大正10年(1921)創業の老舗宿で、高層マンションが立ち並ぶ一角に、国の登録有形文化財の風情ある木造の建物が立ちます。
宿泊はもちろん、宴会や結婚式などでも利用でき、江戸前の海の幸などを味わうことができます。昭和10年頃、作家・太宰治が逗留し小説を執筆していたといい、今も太宰ゆかりの「桔梗の間」に宿泊することもできます。
宿の雰囲気は、太宰の生家である青森の「斜陽館」にどことなく似ていて、それも太宰が気に入った理由ではないかといわれています。
温泉は地下約300mから湧き、泉質は単純泉、黄色っぽい褐色の湯です。肌にまとわりつくようなアルカリ性の温泉で、古代檜の浴槽に湯が溢れます。
都会の只中とは思えぬ、どこか懐かしいレトロモダンという言葉がふさわしい佇まいの宿です。写真は「割烹旅館玉川」。
取材・文/関屋淳子
桜と酒をこよなく愛する虎党。著書に『和歌・歌枕で巡る日本の景勝地』(ピエ・ブックス)、『ニッポンの産業遺産』(エイ出版)ほか。旅情報発信サイト「旅恋どっとこむ」(http://www.tabikoi.com)代表。