文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)
2020年春、世界中が未知のウイルスである新型コロナウイルスに混乱を巻き起こされ、結果の見えない不安にさいなまれてる。けれどそんな風に、「未知の現象に見舞われ、世の人々が不安と混乱の渦に巻き込まれる」のは歴史上はじめてのことではない。人類は何度も未知の現象に戸惑い、それを乗り越えてきた。
今回は、18世紀のオランダで起こった人心の乱れと、人々の不安を解消しようと努めた学者の話をしたいと思う。
オランダ北部に生まれた天才学者
そのストーリーの舞台は、オランダ北部のフリースラント州。オランダには州ごとに州旗があるが、フリースラント州旗はハートが散りばめられたなんとも可愛らしいデザインだ。
1744年、そのフリースラント州の小さな町で、オランダ人のエイセ・エイシンガ(Eise Eisinga)は生を受けた。
父親が羊毛梳毛業者だったこともあり、エイシンガは早いうちから家業を手伝うようになる。時代的なこともあり、小学校しか卒業していないと言われている。そんな環境にも関わらず、幼少期から数学に興味を示し、なんと15歳で数学の本を執筆した早熟の天才でもあった。
元々彼の父親が宇宙に興味を抱いていたこともあり、やがてエイシンガ自身もその影響を受け、羊毛業の傍ら天文学の勉強も始めるようになる。
そんな半分商人・半分学者のエイシンガは、とある天文現象をきっかけに歴史に名を残すことになる。
世の中の混乱を鎮めるプラネタリウム
そのきっかけとは、1774年に起こった珍しい惑星配置。同年5月に太陽系の惑星(水星、金星、火星、木星)と月の軌道が重なることが予測されていたのだが、当時の人々はその未知の惑星配置に怯えてしまっていた。「世界が終わる」「地球が軌道から離脱、太陽に衝突する」という不穏な噂をささやき合ったのだ。
その惑星配置のひと月前には宗教家もそういった終末論を唱え始め、人々はパニックをおこしかけていたという。未知の現象に遭遇すると、人々が動揺するのはいつの世も同じだ。
そこで立ち上がったのが、アマチュア天文学者のエイシンガだった。彼は「そんなことは起こらない」と人々に説明するため、なんと7年もかけて太陽を中心とした惑星の運行表示装置を作り上げた。
しかも、その惑星の運行表示装置を作ったのはエイシンガの自宅の居間だった。当時は彼の子供が小さかったこともあり、居間には子供用の小さなベッドも残されている。アカデミックさとファンタジックさに、生活感も加味された不思議な空間だ。
【世界最古のプラネタリウム。次ページに続きます】