文/池上信次
今回のテーマは、「顔合わせ」。ジャズの面白いところは、どんなタイプのジャズマンでも共演できること。それがジャズのジャズたるところ。ジャズには世代もスタイルも超えて脈々と受け継がれている共通の土台があるのですね。ですから「珍しい顔合わせ」がセッションの目玉だったとしても、多少のことでは驚くにあたらない、というか、多くは「それもあり」という感じでしょうか。たとえば1980年代に、日本でパット・メセニーとソニー・ロリンズの共演ライヴというのがありました。(当時は)フィールドがまるで違うふたりでしたので、珍しい顔合わせではありましたが、音楽としては大きな驚きはなく、じつにまっとうな「ジャズ」を聴かせてくれていましたね。
とはいえ、「だからジャズは面白い」と感じさせてくれる、驚きの珍しい顔合わせのセッションもあります。その中から今回紹介するのは、1985年に録音・発表された『カリフォルニア・ブリーズ』というアルバム。ジャンル的にはフュージョン、それもど真ん中のサウンドです。タイトルからしても盛り上がっていた時代を感じます。主役はギタリスト。先にバックのメンバーを紹介すると、キーボードがドン・グルーシン、ドラムスはハーヴェイ・メイソン、ベースはふたりいて、ネイザン・イーストとエイブ・ラボリエル。バックにはもう1本ギターが入っています。また、1曲にはソウルフルな男性ヴォーカルがフィーチャーされているという、当時のフュージョンの定番フォーマット。となればここにいるべき主役ギタリストは……。それはもう、絶対リー・リトナーですよね? グルーシンとラボリエルは「フレンドシップ」、イーストとメイソンは(のちの)「フォープレイ」というリトナーが参加したグループのメンバーですから。でもこれは「驚きの顔合わせ」の紹介ですから、ここにいるのはリトナーではありません。
そのギタリストとは……。なんとジョー・パスなのです。驚いていただけましたでしょうか。ソロ・ギターの大傑作『ヴァーチュオーゾ』で知られる“モダン・ジャズ”ギターの巨匠中の巨匠が、なんとフュージョンを演っているのです。パスはリトナーより23歳年上。ほかのミュージシャンはリトナーと同世代ですから、超世代セッションでもあったわけです。ほんとうは知らずに聴いていただきたかったのですが、フュージョン・サウンドに乗り、バリバリとジャジー(というよりジャズど真ん中)なソロを弾きまくるこのギタリストを、予備知識なしでパスと見抜ける人は少ないでしょう。わかってしまえば、なるほどジョー・パスなのですが、この「珍しい顔合わせ」が珍しさだけに終わらず、パスのフュージョン・ギタリストとしての新しい一面を見せてくれたのです。
この、モダン・ジャズとフュージョン・ミュージシャンのセッションは、サウンドとしてはまったく違和感がありません。モダン・ジャズもフュージョンも境目なく繋がっていることの表れといえますが、ここにはもうひとつの繋がり・流れがあるのです。じつは、ここにいるべきギタリスト、リー・リトナーは学生時代にジョー・パスにレッスンを受けていたのです。音楽だけでなく、人も繋がっていたのです。パスがここにいて違和感がないのも当然だったのですね。ちなみに、リトナーが1995年に発表したラリー・カールトンとの共演作『ラリー&リー』(GRP)収録の「リメンバリング・J.P.」という曲は、師匠ジョー・パスへのトリビュートでした。
でもじつは、この顔合わせでいちばん驚いたのは、もうひとりのギタリストのほうでした。名前はジョン・ピサノ。ピサノは1964年録音のパスの代表作『フォー・ジャンゴ』での共演者なのです。「どジャズ」の人のイメージしかありませんでしたが、ここでは16ビートのカッティングを鮮やかにキメているのです。(きっと当人たちも)驚きの再会セッションだったことでしょう。
(1)ジョー・パス『カリフォルニア・ブリーズ』(パブロ)
(2)ジョー・パス『ホワイトストーン』(パブロ)
演奏:ジョー・パス(ギター)、ジョン・ピサノ(ギター)、ドン・グルーシン(キーボード)、ネイザン・イースト(ベース)、エイブ・ラボリエル(ベース)、ハーヴェイ・メイソン(ドラムス)、パウリーニョ・ダ・コスタ(パーカッション)、アーマンド・カムピーン(ヴォーカル)
録音:1985年2月28日、3月1日
アルバム原題は『ホワイトストーン』ですが、1985年の日本初出時は『カリフォルニア・ブリーズ』のタイトルでした。ジャケット・デザインも「流行もの」に変え、「珍しい」ジョー・パスをアピールしました。現在は原題版で出ています。
(3)リー・リトナー&ラリー・カールトン『ラリー&リー』(GRP)
演奏:リー・リトナー(g)、ラリー・カールトン(g)、リック・ジャクソン(kb)、メルヴィン・デイヴィス(b)、オマー・ハキム(ds)
録音:1994〜95年
フュージョン・ギター2大巨頭の共演盤。ジョー・パスに捧げた「リメンバリング・J.P.」はラリー・カールトンの作曲。じつはリトナーだけでなく、なんとカールトンもパスの弟子なのでした。フュージョン・ギターの源流はジョー・パスにある?
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。先般、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ001/マイルス・デイヴィス絶対名曲20 』(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz/)を上梓した。編集者としては、『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/伝説のライヴ・イン・ジャパン』、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)などを手がける。