文/晏生莉衣
世界中から多くの人々が訪れるTOKYO2020の開催が近づいてきました。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。
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欧米風な飾り付けを上手に真似て、家の玄関にきれいなクリスマスリースを飾っている日本のご家庭を見かけるのもめずらしくなくなってきました。すっかり日本の冬の風物詩となったクリスマスですが、キリスト教圏の伝統的なクリスマスの慣習とは違う点も多いことを前回取り上げました。引き続き、暦(こよみ)という観点から、日本人にまだよく知られていない伝統や慣習について紹介しましょう。今回出てくる個々の教会暦については、前回レッスンに説明がありますので合わせてご参照下さい。
・「アドヴェントカレンダー」
これはクリスマスを迎える準備をするAdvent(アドヴェント、待降節)の期間用のカレンダーです。Adventの始まりからクリスマスまでの日付がふられた小窓が1枚のカレンダー上に並んでいるのが一般的で、小窓を開けるとクリスマスにちなんだイラストが描かれています。クリスマスを待ちわびる子どもたちが一日、一日、ワクワクしながら指を折って数えるように、カレンダーの小窓を開けていくのですが、中には立体的な作りになっていて、お菓子や小さいおもちゃが入っているちょっと贅沢なものもあります。年によっては11月の最後の日曜日からAdventが始まることがありますが、商業的に売られているものはたいてい、わかりやすく12月1日から始まっていて、クリスマスイヴで終わるものと当日まで含まれているものとがあります。
・「クリスマスの12日間」
Adventが終わると、待ちに待ったクリスマスです。日本では12月25日当日でクリスマスは終わりますが、キリスト教圏でのクリスマスシーズンはその日から始まります。イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスから、イエスの公現を祝うEpiphany(エピファニー)と呼ばれる1月6日までが本来のクリスマスシーズンで、この期間は “the 12 days of Christmas”(「クリスマスの12日間」)と呼ばれています。宗派によってクリスマス当日あるいは翌日が12日間の1日目となり、いずれの場合もEpiphanyの公現祭でクリスマスシーズンが終わりを迎えます。待降節から1か月以上、色とりどりに輝いていたクリスマスの飾りつけはEpiphany前夜か当日に外されて、次のクリスマスまで出番を待つことになります。
19世紀以前はクリスマス前の待降節よりもこの12日間のほうが大切にされたと言われます。シェークスピアの戯曲 “Twelfth Night”は直訳すると「12番目の夜」となりますが、クリスマスシーズンの終わりの12日目の夜、Epiphanyのお祝いに上演する戯曲として書かれたということです。戯曲の内容は聖なるクリスマスの12日間とは直接関係のない喜劇ですので、『十二夜』という日本語の邦題だけだとシェークスピアがタイトルに込めた意図やバックグラウンドは日本人には読み取りにくいのですが、このシェークスピアの戯曲が示すように、「クリスマスの12日間」を祝うのは英国やヨーロッパではおなじみの伝統です。Adventと違って専用のカレンダーはあまり見かけませんが、その代わり、“the 12 days of Christmas”というポピュラーな英国のクリスマスキャロルが現在もよく歌われています。
写真のアドヴェントカレンダーはパリの教会で作られたもので、クリスマス前後の期間をまとめてひとつにしたものです。ちなみにフランス語では、AdventはAvent、EpiphanyはÉpiphanieで、英語と類似していますが、クリスマスはNoël(ノエル)とだいぶ違います。英語のChristmasは前回触れたように “Christ’s mass”(キリストのミサ)に由来しますが、Noëlはラテン語で誕生日を意味するnatalisが語源です。元になる言葉がそれぞれ違うので、そこから変化した呼称も違うというわけです。
・「1月6日」
1月6日にクリスマスシーズンの締めくくりの公現祭を祝うのは、特にヨーロッパでは今も続く伝統です。フランスで公現祭を祝うためのgalette des rois(ガレット・デ・ロワ)という伝統菓子があることはよく知られていますが、名前のいわれはご存知でしょうか。フランスでは平たくて丸いお菓子のことを総じてガレットと言い、ロワはフランス語で「王」や「王様」のことですので、ガレット・デ・ロワは「王様たちのお菓子」。この「王様たち」は幼子イエスを訪問した東方の三博士のことを指していて、英語でも、東方の三博士のことをThree Kings(3人の王)と呼ぶことがあります。
グルメの国フランスでは、公現祭にこのアーモンドパイのようなお菓子食べて祝う慣習が生まれ、今では新年になると、あちこちのブーランジェリーやパティスリーにガレット・デ・ロワが並べられます。1月6日に限らず、1月中、いつでも何度でも頂く大人気の季節のお菓子となっていますが、おいしいだけでなく、大きなパイの中にフェーヴ(fève)と呼ばれる小さい陶器製やプラスティック製の人形が隠されていて、切り分けられた自分のパイにフェーヴが入っていたら、その人はその日の「王様」「女王様」となるだけでなく、幸福な一年を送ることが出来るということになっています。伝統的な意味からは、ノエルのフェット(fête、フランス語で「パーティ」の意)がシーズン最後にもう一度開かれるといった次第ですが、現在は公現祭に結びつけて祝う意味はさほどなく、家族や友人と誰がフェーヴを当てるか楽しみながらガレット・デ・ロワを食べてお祝いする日になっています。
イヴと当日で変わる飾りつけ
最後に1つ、クリスマスイヴからクリスマス当日へという時の流れに特化した慣習について。日本の若い人たちの間では、クリスマスイヴはロマンティックなお祝いをするひとときと、クリスマス当日よりもイヴの過ごし方に関心が寄せられるようですが、キリスト教圏では、クリスマスイヴがロマンティックな夜という意味合いはあまりありません。イヴの日は、翌日のクリスマスを家族で祝うために多くの人が帰省の大移動をし、家ではクリスマス当日のお祝いの最後の準備をするので大忙しの一日となります。欧米では教会離れが進んでいると言われるものの、イヴには教会に行ってクリスマスのミサや礼拝、キャンドルサービスなどにあずかるのが伝統的な過ごし方です。日本のお正月前に似ているところがあり、宗教や伝統文化を超えた共通性が感じられるのはおもしろいところです。
話を戻すと、ヨーロッパの教会ではクリスマスオーナメントとして、イエス・キリストの生誕の馬小屋の場面を再現する小さな人形のセットが用意され、聖マリア、聖ヨゼフを始め、天使、羊飼い、羊やロバなどがいっしょに飾られます。たくさんの人形によって大掛かりに町並みまでが再現された見事なセットが披露されると、海外からのクリスマスニュースとして日本にも紹介されることがありますが、クリスマスイヴとクリスマス当日ではその飾りつけに根本的な違いが生まれます。クリスマスイヴまではイエスはまだ誕生していないので、イエスのための飼い葉桶の小さな寝床はからっぽです。それがクリスマスを迎えると、セットに赤ちゃんのイエスが加えられ、飼い葉桶に寝かされていたり、聖マリアに抱かれていたりと、馬小屋の様子が変わるのです。クリスマス後にイエスを礼拝しに来た東方の三博士の人形が合わせて加えられることもあります。
キリスト教教徒でない日本人には気づきにくい小さな変化ですが、イエス・キリストの誕生を祝うためのクリスマスであることを素朴な形で教えてくれます。クリスマスの時季に欧米などのキリスト教圏を旅行される方は、お時間が許すなら、クリスマス前と後、教会に立ち寄って違いを発見されてみてはいかがでしょうか。
文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事。途上国支援や国際教育に関するアドバイザリー、平和構築関連の研究等を行っている。