文/池上信次

第17回モダン・ジャズのグループにはなぜ名前がないのか?

ビートルズ、クイーン、ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ポリス、ビーチ・ボーイズ(昔のバンドばかりですが……)などなど、ロックやポップスではグループには必ず固有の名前がありました。一方、ジャズはといえば?

古くは1917年の「世界初のジャズのレコーディング」で知られるオリジナル・ディキシーランド・ジャス(ジャズ)・バンド、20年代にはルイ・アームストロング率いるホット・ファイヴやホット・セヴンがグループ名としては知られるところですが、ほかにはなかなか名前が出てきませんね。ジャズは「グループの音楽」にもかかわらず、グループ名のほとんどが「個人名+編成」です。たとえばチャーリー・パーカー・クインテットだったり、バド・パウエル・トリオ、デューク・エリントン・オーケストラなど、編成の大小に関係なく同様です。

この理由は、そもそもジャズにおいては固定メンバーで演奏するという考えがなかったから。というか、固定メンバーで演奏しなくても成立するのがジャズの大きな特徴なのですね。言い換えれば、リーダー個人の個性を表現するのがジャズであり、ライヴでもレコーディングでもその場限りの「リーダー+(非固定)バック・バンド」でよかったわけです。そして、これでは名前の付けようもありませんので「誰それがリーダーのグループ」と呼称したのです。もちろんメンバーを固定しているグループもありますが、それでも「誰それがリーダーのグループ」でした。たとえば60年代まではマイルス・デイヴィスのバンドは、つねに「マイルス・デイヴィス・クインテット」でしたし、ジョン・コルトレーンは「ジョン・コルトレーン・カルテット」でした。いずれも全盛期は「黄金の」とアタマにつけられて紹介されるほどの優れた固定メンバーで知られていたにもかかわらず、です。

大編成でバンド・メンバーを固定していた、デューク・エリントン・オーケストラとカウント・ベイシー・オーケストラ

大編成でバンド・メンバーを固定していたのは、メンバーの個性に合わせて曲を書いたデューク・エリントン・オーケストラと、メンバーの個性を自由に発揮させたカウント・ベイシー・オーケストラくらいでしょう。エリントンやベイシーのオーケストラでは、メンバーが一部変われば如実にサウンドが変わりましたが、たとえばベニー・グッドマンやグレン・ミラーのオーケストラではサウンドは変わりませんでした。しかし、それも含めてエリントン、グッドマンらバンドリーダー個人の特徴・個性になっているわけです。ジャズは、編成が「グループの音楽」でありながら、ビッグ・バンドであっても突き詰めれば「個人の音楽」なのですね。

逆にいえば、ロックやポップスのグループは「グループとしての個性」こそが売りであるということですね。ポップスやロックはグループが一人格なので、名前が必要なのです。ビートルズはあの4人が作った音楽です。先に挙げたなかではディープ・パープルはメンバー・チェンジしながら現在も活動していますが、昔に確立された「ディープ・パープル」を律儀に継承していますよね。

グループの個性で新風を巻き起こした「モダン・ジャズ・カルテット」

さて、その「個人」全盛のモダン・ジャズの時代に、「グループの個性」で新風を巻き起こしたのが「MJQ」こと「モダン・ジャズ・カルテット」です。彼らはモダン・ジャズに「グループならではの表現」を意識的に取り入れた最初のグループといえるでしょう(同時代の「ジャズ・メッセンジャーズ」も有名ですが、こちらはアタマに「アート・ブレイキー・アンド」と付くようにブレイキーのグループといえます)。

『モダン・ジャズ・カルテット&ミルト・ジャクソン・クインテット』

『モダン・ジャズ・カルテット&ミルト・ジャクソン・クインテット』

ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、ケニー・クラーク(ドラムス)によるこのカルテットは、1952年にレコーディング・デビューしました。この音源はのちにLP化された際には、わざと略称が同じMJQであるミルト・ジャクソン・クインテットの音源と一緒に収録してその特徴を明確に示しました(1)。

MJQの特徴は、小編成なのに「緻密なアレンジとアンサンブル」と、「クラシック音楽要素の取り込み」です。いわば、ジャズ版室内楽といったところ。音楽監督であるジョン・ルイスはドラムスのフレーズまで譜面に書き込んでいたといいます。また対位法などクラシックの編曲手法が随所に登場します。ビ・バップに始まる、「現場でアレンジ、アドリブがすべて」というモダン・ジャズの流れとは逆をいくコンセプト。にもかかわらず、グループ名は「モダン・ジャズ」ですから、これは大きな挑戦と挑発だったのかもしれません。

この「クラシック路線」はジョン・ルイスの主導によるものですが、ルイスがリーダーではありません。またルイスが他のメンバーと組んだとしてもMJQのサウンドは生まれなかったでしょう。フロントに立つソロイストが、ブルース・フィーリングを身上とするミルト・ジャクソンだったからこそ「ジャズ」に軸足を置くことができ、そこから「ルイスのグループ」ではなく、「MJQの個性」が生まれたのです。また、クラシック路線を明確にするためか、グループはいつしかタキシードがユニフォームとなり、これも「グループ感」を強く印象づけました。

55年にドラムスのケニー・クラークがヨーロッパに移住することになり、コニー・ケイに替わりますが、以来74年の一時解散までMJQは不動のメンバーで確固としたグループ・サウンドを表現しつづけました。MJQに類似するスタイルのグループは当時も現在もなく、MJQはまさに孤高の存在となりました。

なお、ジャズは70年代にフュージョンの時代が到来します。そのシーンを賑わせたのは、ウェザー・リポート、リターン・トゥ・フォーエヴァー、マハヴィシュヌ・オーケストラ、ヘッドハンターズといった「グループ」たち。モダン・ジャズの時代には異端であった「グループ・サウンド」は、ジャズの時代を動かす主流となっていったのでした。

【モダン・ジャズ・カルテットの代表的アルバム】
(1)『モダン・ジャズ・カルテット&ミルト・ジャクソン・クインテット』(プレスティッジ)
『モダン・ジャズ・カルテット&ミルト・ジャクソン・クインテット』

『モダン・ジャズ・カルテット&ミルト・ジャクソン・クインテット』

演奏:ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、ケニー・クラーク(ドラムス)[B面のミルト・ジャクソン・クインテットはデータ割愛]
録音:1952年12月22日

モダン・ジャズ・カルテットの正式初録音収録。同じ「MJQ」であるミルト・ジャクソン・クインテットをLPのB面に収録しているところがミソ。ジャクソン個人のプレイの違いから、グループ・サウンドがより明確に聴こえてきます。なお、サヴォイ・レーベルに、この4人が参加した1951年録音の『モダン・ジャズ・カルテット』というアルバムがありますが、これは当初『ザ・カルテット』としてリリースされたものがのちにタイトル変更されたもの。グループ・サウンドはまだ確立されていません。

(2)モダン・ジャズ・カルテット『ジャンゴ』(プレスティッジ)
モダン・ジャズ・カルテット『ジャンゴ』

モダン・ジャズ・カルテット『ジャンゴ』

演奏:ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、ケニー・クラーク(ドラムス)
録音:1953〜55年

ケニー・クラーク在籍時、初代メンバーによる演奏をまとめたアルバム。クラシック的アレンジが随所に登場し、MJQは結成最初期からグループとしての明確な個性をもっていることがわかります。タイトルの『ジャンゴ』は、ベルギーのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトのことで、53年の彼の死去に際してルイスが書いた曲。ルイスの視線はヨーロッパに向いていたのです。

(3)モダン・ジャズ・カルテット『コンコルド』(プレスティッジ)
モダン・ジャズ・カルテット『コンコルド』

モダン・ジャズ・カルテット『コンコルド』

演奏:ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、コニー・ケイ(ドラムス)
録音:1955年7月2日

ここからドラムスがコニー・ケイに替わりますが、路線はまったく変わらないどころか、ますます強固なコンセプトを主張していきます。『コンコルド』はパリのコンコルド広場のこと。クラシックへの傾倒はますます深くなり、バロック調のイントロから始まる「朝日のようにさわやかに」は、MJQらしさが横溢する、グループを代表する名演で、この後は看板曲として長くレパートリーとなりました。

(4)モダン・ジャズ・カルテット&スウィングル・シンガーズ『ヴァンドーム広場』(フィリップス)
モダン・ジャズ・カルテット&スイングル・シンガーズ『ヴァンドーム広場』

モダン・ジャズ・カルテット&スイングル・シンガーズ『ヴァンドーム広場』

演奏:ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、コニー・ケイ(ドラムス)、スイングル・シンガーズ
録音:1966年9月27日、10月30日

スウィングル・シンガーズは、当時フランスで活動していた8人編成のコーラス・グループ。クラシック楽曲をジャジーなコーラスで「ダバダバ」歌うのが特徴なので、MJQとの相性は抜群。MJQはついにパリに飛びました。ここではルイスのオリジナルのほか、「G線上のアリア」などクラシック楽曲も演奏しています。

(5)モダン・ジャズ・カルテット『ラスト・コンサート』(アトランティック)

演奏:ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、ジョン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、コニー・ケイ(ドラムス)
録音:1974年11月25日

74年にジャクソンはグループ脱退を宣言します。でもこの4人でなければこのサウンドは出せないということで、メンバー・チェンジはせずにグループは解散しました。これはそのラスト・コンサートのライヴ・アルバム。しかし81年にはジャクソンが戻ってグループは再結成を果たし、95年にケイが死去するまで同じメンバー、同じ路線で活動を続けました。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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